ほむんくるす
あるところに、ウサギとマングースがいました。ウサギは忍者の〝Cherry blossom〟を幼くしたものがうさぎの着ぐるみパジャマを着ているようであり、マングースは角のないミノタウロスのジョーが、マングースの着ぐるみを着ているようなものでした。おまけに尻尾もありません! マングースの尻尾に隠されているのでしょうか?
ある日、二人はゼリーについてあることを知ります。
『スライムゼリーのスライムは、本当のスライム!』
本当のことでしょうか? 本当のことはわかりません。すぐに調べに行きました。
「すらいむが食べられるわけがない」
ウサギは自信たっぷりにいいました。だって、スライムはモンスターです。食べられるわけがないと思いました。
「もしほんとうだったら、どうするんだ?」
マングースはニヤニヤ笑いながら聞きます。だって、スライムはゼリーみたいな見た目なんですから! ぐにゃぐにゃで、ふよふよして、触るとニチャニチャだったりぷよぷよだったり。硬さは様々ですが、形はほとんど一緒でした。
「そんなわけあるか! おまえはざっしょくだから、はらをこわさなかったんだろう」
「ざっしょくで、もんすたーを食べられるわけあるか! おまえもくってただろ」
「おれにだされたのは、ふつうのゼリーだ」
「こ、このくそにんじゃ」
プルプルとマングースは肩を震わせます。ギュッと握り締めた拳に怒りを一握り。つっけんどんな態度を取るウサギと一緒に、城のキッチンを探索しました。愛抱夢はとても味にうるさいのです! 忍者の〝Cherry blossom〟と違い、高級な料理を好みます。ミノタウロスのジョーであっても、それを作るよう言いつけるほど! そんな愛抱夢の城に、スライムゼラチンなんてありません。ないに決まってます!
ウサギとマングースは、魔王城のキッチンを探しました。
「虫のいっぴきすらいない」
「当たり前だ! りょうり人にとって、虫はてんてきだからな。たいさくはしているんだろう」
「くわないのか」
「おれをただのマングースといっしょにするな!」
冷たく尋ねるウサギに、マングースは腹を立てました。だって、マングースは二本の後ろ足で立って歩けますし、前足で器用にモノを掴めます! そんじょそこらのマングースと一緒にしてはいけません。それはウサギとて、同じでした。二本の後ろ足で立って、言葉を喋れる動物なんて少ないんですから!
ゴトン、重い陶器の瓶が落ちます。
「落ちたぞ。にくしょくじゅう」
「おまえがさわったからだろ。ろぼきち。おまえがかたづけろよ」
「かーら」
ウサギはニンジンのぬいぐるみに聞きますが、なにも答えません。だって、ただのぬいぐるみなんですから! 布と綿でできた安全地帯に、ウサギはふむふむいいます。
「なるほど。そうか」
「なにがわかったんだよ」
「さとうきびで作ったさとうが入ってるらしい」
「そうかい」
砂糖はとても甘くて美味しいものですが、マングースには知ったことじゃありません。だって、量を間違えるととても甘すぎるものになってしまうからです! 砂糖はほどほどに、適量に。砂糖の高い価値を知っていても、馬鹿みたいにそれだけを食べる気にはなりませんでした。
「見ろ! こじろー!!」
ウサギがあるものを指差します。それにつられて、マングースはウサギが指差したものを見ました。
「あれだ! あれを確認すれば、おれたちが食べたものがすらいむかどうかがわかるぞ!!」
白い粉が入ってるガラス瓶──あれこそ、ミノタウロスのジョーが使っていたものです。興奮気味のウサギを見て、マングースは「ふーん」と思いました。でも、口に出してはウサギのヘソを曲げてしまいます。
自分だけ熱くなれないのが嫌になって、マングースは自分のペースに引き込もうとしました。
「あれがゼラチンだったら、おれの勝ちな」
唐突に勝負を吹っ掛けたマングースに、ウサギは嫌そうな顔をします。
「はぁ? さきにぜらちんかどうかをたしかめるといったのは、おれのほうだぞ?」
「すらいむだろ! じゅんに考えれば、かおるがすらいむに賭けてるだろ?」
「おれはぜらちんだ」
「いーや、おれがゼラチンだ!」
「まねするなっ!」
「おまえがまねしたんだろ!!」
ぎゃあぎゃあ、キッチンで騒ぎます。そんなとき、ひょいッと大きな手で首根っこを掴まれました。ミノタウロスのジョーです!
自分より一回りも二回りも、三回りも小さい生物を見て、ミノタウロスのジョーは言いました。
「こーら、お前たちはなにをしているんだ。ここは危ないぞ?」
「ちゃんと自分のホムンクルスくらい管理しておけ。これだからゴリラは」
「お前のホムンクルスもいたんだが!?」
「俺はそこまで馬鹿じゃない」
ツーンと忍者の〝Cherry blossom〟は冷たい態度を取ります。どうやら、方々に別れて探したあと、キッチンに集まったようです。行方不明になったウサギとマングースは、捕まってしまいました。ぎゃあぎゃあ、舌ったらずに言い合います。
「はぁ、今から忙しくなるから、お前が面倒見ろよ」
「はぁ!? 俺が!? 今から忍び込みに行くんだぞ!?」
「こっちだって忙しいんだよ!! お前くらいなら、なんとかなるんじゃないのか?」
「チッ! おい。お前たち。くれぐれも俺の仕事の邪魔をするなよ」
「やだ。ぽてち食べたい」
「バーッてぽてちにダイブしたい!」
「ぐっ!!」
「ポテチなんてねーぞ。薄くスライスしたジャガイモを揚げたヤツくらいは用意できるが」
忍者の〝Cherry blossom〟の問いかけに拒絶を示し、城でのんびりすることを選びます。だって、小さくてかわいい彼らなんですから! ほのぼのと癒しを与えることが仕事です。小さくてかわいい彼らの駄々に、ミノタウロスのジョーは静かに答えます。魔王愛抱夢が支配する城で、ポテチなんてものは存在しないのでした。下半身が蛇であるナーガの実験により、生まれた人工生命体です。手頃な材料で、ナーガは愛抱夢の期待に応えるために奮闘していました。
「そこにいたか。またもう一体生まれたんだが、処分を頼む」
「うちは屠殺所じゃなくてシェフだ! っつーか、嫌な役を押し付けんなッ! スネーク!!」
「産地直入の方が楽だろう」
「まさかとは思うが、まさか丸呑みにしているなんてことは」
震える〝Cherry blossom〟の質問に、ナーガはなにも答えません。スッと視線を逸らすばかりです。蛇は獲物を丸呑みをする生物で、ナーガも当て嵌まりました。腹の読めないスネークのことです。処理に困って丸呑みして、味にも飽きたから自分たちへ投げ出した、なんてこともあり得ない話ではありません。ぞっと〝Cherry blossom〟は青褪めました。ナーガはなにもいいません。
「ったく、こいつらだって生きているんだぞ」
「人工生命体だが?」
「それでもだ。短い命くらい、大事にしてやれ」
「情が移るだろう。そもそも、そいつらの原料は」
そこまで口にして、ナーガは視線を逸らします。無感情で顔の筋肉を動かさないナーガは、なにを考えているかわかりません。途中で喋るのをやめたナーガを後目にするだけで、ミノタウロスのジョーはなにもいいませんでした。
ナーガが持ってきたホムンクルスを眺めます。
「今度は泣き虫と食いしん坊か」
「意地汚いゴリラはともかく、俺が泣き虫なのはどういうことだ。スネーク」
「知らん」
不満をいう〝Cherry blossom〟にナーガは無回答で答えます。「それはお前たちの精液やら髪やら皮膚やらを原料にしているから、元々持つ内面の一部が突出しているだけに過ぎない」とはいえませんでした。
なんで精度の高くなる精液を止めて、髪やら皮膚やらで作っているのですかって? それは魔王愛抱夢が嫌がったからです! 「は? スノウが嫌がりそうなことをするな。もっとそれ以外の方法で作れ」と命令したからです。その試行錯誤と処理に一番精神的負担の少ない二人を選んでいるということは、言えませんでした。
置き物のように黙り込むナーガを他所に、ミノタウロスのジョーと忍者の〝Cherry blossom〟は新顔の様子を見ます。泣き虫ウサギはオロオロして、食いしん坊のマングースは材料をつまみ食いします。先輩のマングースは「あ!」と驚きました。先輩のウサギは、ムスッと泣き虫ウサギを見るだけです。このままでは、一個の村ができそうでした。
「愛抱夢の命令にしろ、趣味が悪いな」
自分の顔をした短命の生物が、力尽きて白い液体になるところを見るのは、あまり気分のいいものではありません。これにもナーガは無回答を決め込み、その場を後にしました。
「じゃぁ、後は頼んだぞ」
「せめて作った責任くらいは取れよ」
「世話焼きゴリラにはちょうどいいくらいだろう」
「なんだと!?」
喧嘩を始めるとは、絶交の機会です。良いチャンスとばかりにナーガはキッチンから離れました。
仕事の時間も近付くというのに、忍者の〝Cherry blossom〟は離れようとしません。ミノタウロスのジョーも、シェフの仕事を始めなければいけないのに、一向に喧嘩を止めようとしません。小さくてかわいい生物たちも、喧嘩を始めました。
あーあ、おかげでキッチンはめちゃくちゃです。報告と料理が遅いことを見て、魔王愛抱夢はナーガのスネークに一言文句をいってやろうと思いました。おしまい。