進まないゲーム機
大人になると、余暇を楽しむ時間を取ることも厳しくなる。「ねぇ、ジョー。最近、こういうことを始めたんだけど、とっても楽しいの!」「最近、人気のゲームがありまして」「是非ジョーにも見てもらいたいんだけど。知ってる? このゲーム」「我が社もこのゲームに協賛しているので、こちらの雰囲気も先生のデジタル大書に出していただければと」〝S〟のファンがお願いする楽しみの共有と、大金を叩いて仕事を依頼してきた内容。なるほど、平均より上乗せしたことはそれが原因か。と、桜屋敷は一発で理解する。南城は写真──スクリーンショットを見せられて困惑した。「う、うん?」表面上、これはどういうことかなと優しく聞き返せたような気はする。しかしながら、ファンの子がどのように楽しんでいるかは理解なかった。ただ、その子が楽しいという雰囲気だけが伝わったのみである。
女の子の話は、できることなら理解したいと願う南城と、モデル把握に時間のない桜屋敷の利益が一致する。ぐでんぐでんに酒を飲んで、互いに愚痴や苦労を話していたときのことだ。「住んでる世界が違いすぎて、全く話していることがわからないときがある」「金を積まれたときは大抵無茶振りが多すぎて、コイツ」などなどと胸に秘めた負を暴露したときだ。その最中に、ピンッと利益が一致した瞬間が訪れたのである。阿吽の呼吸、目と目が合う。指と指で相手を示した動作が一瞬で完遂したとき、カーラがアナウンスした。『オーケー。マスター。注文完了。到着まで三日かかります』これが運の尽きだ。
酔いが醒めたあと、互いに頭を抱える。南城は桜屋敷と面倒な約束をしたことであり、桜屋敷は速達で設定した代金に対してだ。どう取り戻すか? 成す術もない。目の前には、ニンテンドーのスウィッチである。携帯できるタイプだ。「お前も買え、買え」「馬鹿野郎。そんな金ねーよ」「だったら交替で使った方が早いといえるだろう」「おっ、いえてる!」息が合ったのも酔いのせいである。喧嘩しないときほど、恐ろしいことはない。嫌な予感が待ち構えているものだ。
無言で桜屋敷は電源を入れる。買ったゲームソフトをセットすると、意外と楽しい。没頭して作業を進める。『マスター。この調子だと仕事が終わらず危険です』カーラの忠告に、ハッと意識が戻った。即座にセーブして、手の付けていない仕事に戻った。時間泥棒である。
また自分の店でゲームソフトをセットしたゲーム機を渡された南城も、ゲームに没頭する。(あれ? どうやるんだ、これ。は?)四苦八苦した。慣れないながらも、土地を開墾する。とりあえず狸の町長に従って銭を集めるが──、どうも癪に当たる。網で狸町長の頭を殴っておいた。鏡で身なりを整えることを知ると、操作キャラクターの外見を変える。
これを知った桜屋敷が自分の設定したものに変え、また土地を開墾した。
それを仕事の傍らにゆっくり進めること、数ヶ月。自営業の事務に仕事に〝S〟にスケートの練習と空いた時間が少ないので、全体の進みは遅い。
仕込みの時間に訪れた暦は、南城の手にあるものを見て驚く。
「あれ? ジョーもそれ、やるんだ」
「ん? あぁ、レキたちの年代だと有名なんだったか」
「や、別に誰であろうと聞いたことある名前だと思うけど。おっさんみたいな人も遊んでるし」
「それ、なに?」
「若い女の子の間で、一部流行っているらしい」
「へー。ジョーのファンにも、そういう子っているんだ」
「レキ。その言い方はなんだ。女の子に失礼だぞ」
「へっ!? え、そうかなぁ」
「あぁ。『そういう子』って言い方が失礼だ。誰であろうと、人の趣味を馬鹿にする権利は持たない」
「わぁ、ジョーが大人みたいなことをいってる」
「あのな。スノウ。俺は一応大人の立場にいるんだ」
「へぇ、心は少年なのに?」
「心は少年でもだ。おっと、もう10分経っていたか。そろそろ仕込みに終わらないと」
「えっ!? それでもうおしまい!? そんなんじゃ、全然進まないだろ」
「大人には大人の事情があるんだ。そんなにいうようなら、代わりに進めてくれ」
「え、いいの? そんな勝手に遊んでも」
「あぁ。俺も薫も、全く進められていないからな」
「それって」
──二人とも、これで遊んでいるってことなの──? そう突っ込もうとしたが、藪蛇だろう。暦は疑問を胸に仕舞い、ゲーム機を持ったランガの手元を覗き込む。画面の指示に従い、白い手がAボタンを三回押した。「おぉ」「まだメニュー画面を開いたばっかだぞ」暦の家にゲーム機はないが、クラスメイトから見たことはある。「えっと、これは?」「そこ、なんかゲームソフトが出てるだろ? それを押す」操作に困惑するランガに、暦が指示する。適当にボタンを押すと、ゲームが開始された。「あ、できた」ランガがポカンとするのも束の間、開発会社と関連会社のロゴが出たあとにスタート画面が出てくる。「えっと」日本語の指示に従い、該当するボタンを押す。「えーっと」急に出てきた画面に、ランガは混乱した。「貸してみ」選手交代、暦が操作をすることにした。
器用に画面の中を移動する暦の器用さに、ランガは目を輝かせる。
「おぉー」
「確かクラスの奴らがいってたことによると、島の中を見回るんだっけ? といっても、全然進んでないからなぁ」
寧ろ自然が多い状態である。木こりで薪を回収しておくか? いや、それは余計なお世話であろう。なんだか取れた雑草の効果音が心地よくて、また回収してしまう。「なにしてるの?」「ちょっと黙ってて」暦が没入をし始める。ゲーム機の今の持ち主である南城はなにもいわず、ディナーの仕込みを始めた。
ポチポチとボタンを押す音が、ホールだけに響く。
鞄いっぱいになって倉庫を探す暦が、操作キャラクターの自宅らしきところに入る。そこで初めて、集中の糸が切れた。「あっ」ポカンと立ち止まる。「なになに?」つまらなさそうにしたランガが、起き上がって画面を覗いた。「いや、これさぁ」暦がちょっとゲーム機を遠ざけて、遠目で画面を見る。
「綺麗に二つに分割されているなぁ、って。ほら、ランガ。見てみ?」
「え? わっ、本当だ。二人して〝SHARE〟してるんだね」
「これぞ本当のシェアルーム。って、うっせーよ!」
「なに、どうしたの? 暦。一人でなにもないところにいっちゃって」
「『一人漫才』とか『一人ツッコミ』っていうヤツ。とりあえず、うん。まぁ適当に入れておこうかな。クラスのヤツ、金になるってこといってたし」
「あ、チェリーとジョーのお金を作ったんだ。優しいね。暦」
「いや、触らせてもらった分、っていうか? うーん」
少し考える。ゲーム機とソフトから離れることが惜しい暦は、厨房に向かって叫んだ。
「なー、ジョー!! これ、俺に借りるってことはできねーかなー? 一応、月日にも頼めばできそうな気もするけど」
「駄目だ。それはあのドケチの持ち物だからな」
もう少し触りたいと願う暦の狙いを、一刀両断した。
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