大ゴケ×大破損×灼熱
息をするようにできるトリックで大ゴケをした。トリックを決めれたと思ったら、ボードが大破損した。桜屋敷は傷だらけであり、南城は真っ二つに折れたボードを脇に抱える。その状態で、コンビニの前で屯する。いくら沖縄で海に囲まれた島国と謂えども、暑いものは暑い。海の涼しさでは到底取り返せない暑さだ。避暑も兼ねてきたのだろう。本土からの観光客が通り過ぎる。格好と行動だけで一目瞭然だ。スマートフォンを抱え、旅の記録を取る。女性だけの旅行ならばあり得る光景だ。溶けるアイスを無視し、南城はその行動を眺める。溶けるアイスに気付いた桜屋敷は、嫌そうな顔をして南城の脇を小突いた。「わっ」驚いたように南城が声を出す。「やっべ」慌てて溶けるアイスを舐めた。手首に伝う砂糖水を舐める。その光景を桜屋敷は眺めた。
「おい、薫。溶けてるぜ」
南城の指摘で、ハッと気付く。想像と違う視線で我に返った。熱に浮かされたのは、桜屋敷の頭のようである。「黙れ」それを否定するかのように、桜屋敷は荒い口調で返す。溶けかけたアイスをガリッと噛んだ。絆創膏に砂糖水が沁み込む。
「消毒した方がいいんじゃないか?」
「水で洗ったんだ。問題ない」
「傷口が悪くなっても知らねーぞ」
「お前に心配される筋合いはない」
「ピアス、太陽の熱で熱くなったりしねぇの?」
「黙れ」
「口のピアスも、アイスでニチャッとしたりとか」
「だ、ま、れ! そうだったら、呑気にアイスなんて食ってるわけないだろう! 馬鹿が」
「趣味悪いピンク頭がいうかよ」
「あ!?」
ギロリと目尻を吊り上げ、ガラ悪く桜屋敷は睨みつける。まるでヤンキーだ。それとつるんでる比較的好青年に見える南城は、棒に張り付くアイスを舐める。帳面力だかなんだか、アイスの棒へ抱きつく力は弱い。ペロリと舐めるだけで、口の中に落ちた。冷たい。
「日頃の行いが悪かったんじゃねぇの?」
「金策で苦しむのはそっちだろ」
「黙れ。あーあ、もう少し持つと思ったんだがなぁ」
「あんなラフプレーに耐えられる板があるか。アホ」
「あ!? 今なんつった!? 聞こえてるぞ! 陰険ピンク!!」
「だったら聞き返すな! ボケナス!! 安物を買うな、安物を」
「お前みたいに親の金は使えねーんだよ。小言ピンク! 買える範囲で、丈夫そうなものを買う!」
「それで壊れたの五枚目だろ。もう少し高いのを買え」
「昼飯代がヤバいんだよなぁ。今付き合ってないしなぁ、くそぉ」
「女子にたかる気か。最低だな」
「向こうが作ってくれるんだよ。それを俺は有難く頂いて、昼飯代を臨時収入に当てているわけ」
「お前は弁解しているつもりかもしれんが、最低であることに変わりはないぞ」
「でも、女の子の手作り弁当は美味いぜ? 愛情が入ってて」
「気色悪ッ! よく他人の手作り弁当なんか食えるな」
「例え不味くても、気合いで食う!」
「食うな。あぁ、金がないと」
「そういうこと。はぁ、プロテイン飲みてぇなぁ」
「将来筋肉ゴリラにでもなるつもりか。ほら、売ってたぞ」
「お前、今の話聞いてた? 自分でいってただろ」
「それとこれとは関係ないだろう」
「あるわッ! 今から金貯めないといけねーんだよ。あーあぁ」
はぁ、と南城は溜息を吐く。成人していない学生である身分、長時間の労働はできない。入ったデートやチームとの兼ね合いもある。トリックの練習も考えると、労働に当てる時間は少ない。
「どっかで大金が入らないからなぁ」
「一山当てるしかないだろ」
「やっぱ、宝くじが強いか?」
「やめておけ。当選率が低い」
「んじゃ、一等の金額が低いのはどうだ? まだ当たる確率は高いだろ!」
「当たったとしても、トントンになるぞ」
「あーあ、ロマンは金で買えないのかねぇ」
「買えんだろ。一億でも詰まない限りは無理だろう」
「そこは『買えない』で済ませとけよ。ロボキチ」
「人間、意外と金に目が眩むものだ」
「現実を見せるなッ! はぁ、女の子のハーレムも石油王にならない限り無理かぁ」
「下らん。投資に回せ、投資に」
「夢くらい見させろよ」
「あぁ、その前に使い切るか。お前の場合だと」
「うるせぇ! くっそぉ、嫌なことを思い出させやがって」
「金が入る良い話はあるぞ」
「は? マジで? いや、薫の話すことだからな。なにか裏が」
「いらんのなら話さん」
「やっ! 話してくれ!! 頼む、この通り!」
「ゴリラが気安く頭を下げるなッ!! ったく、仕方ないな」
んっ、と南城に桜屋敷が手を見せる。傷だらけだ。トリックを決めようと大失敗したものであり、真新しい絆創膏で応急処置をしてある。「は?」南城は思わず声に出す。「んっ」と桜屋敷はまた声に出した。差し出した手を上下に振る。
「出せ。俺が増やしてやる」
「はぁ? ふざけんなよ! それで大負けしたらどうしてくれるんだ。卑怯ピンク」
「利子付けて返してやる。喜べ、脳筋ゴリラ」
「俺、五百円くらいしか手元にないんだけど?」
「貧乏だな」
「黙れ。あ、四百ちょっとくらいしかないわ」
「それ、三百八十三円くらいだろう。ざっと見た感じ」
「人の財布を覗くな。陰険ピンク」
「お前が正確な値段を教えないからだ。ぼんくら。仕方ない。手数料だけを頂くか」
「はぁ?」
「一ヶ月分の昼飯代で手を打ってやる」
「は!? ふざけんなッ! 今、金がないっていっただろ!!」
「お前が俺に飯を作る代金分だ。ボケナス。それを担保に増やしてやる」
「あのな。一度も出してないだろ! お前!!」
「お前が作った料理を俺に食わせるからだろうがッ! ボケナス! 材料費くらいは出してやったはずだ」
「少しはなッ!」
「それで少しは足しになるはずだ。一ヶ月間、タダ働きしろ」
「言い方がムカつくんだよ。陰険ピンク! なら余ってるボードを貸せ」
「断る。お前の雑なトリックで壊されたら堪らん」
「お前のは細かすぎる。トリックってのは、気合いでメイクするものなんだよ」
「愚の骨頂だな。テクニックが肝心に決まっているだろうが。ド阿呆」
「そんなのつまんないだろ」
「ボード壊すどこぞの馬鹿よりマシだ」
会話が途切れる。相手にもしたくないらしい。ムスッと南城が顔を顰めた。両目を閉じ、桜屋敷から顔を反らす。「フンッ」暑さで腰を屈め、背後のゴミ箱に背を預ける。棒にアイスはもうない。背後のゴミ箱を見る。プラスティック系統だ。燃える木の棒はプラスティックに属さない。
桜屋敷はアイスの味もしない棒を、ガリガリと齧る。歯で噛んでいるうちに、木の繊維が染み出た。南城のボードは一つしかない。それが壊れたということは、新しいものが来ないうちは滑れないこととなる。
「デートとかバイトの予定でも、入れるかねぇ」
条件が同じでないと、気に食わない。同様に練習して同じ環境で買ってこそ、価値がある。グリッと棒が繊維だらけになった。もう口に入れれる長さで噛めるところはない。口内が栄養にならない木の繊維だらけになる。
ポイッと紙類のゴミ箱に捨てた。
「チームはどうする」
「誰かのボードを借りるのも手、だとでもいうのか?」
「ゴリラのパワープレイで壊れるのがオチだろう」
「あと、レールとかな。はぁ、近くのショップでデッキだけ買うかな。パーツは流用すればマシだろ」
「だったら組み立ては俺がしてやる。デッキだけ買ってこい。それだけの金はあるだろう」
「まぁ、家に帰れば。箪笥の奥にあるかなぁ」
「通帳か貯金箱に入れておけッ! だらしないやつだな」
「隠さないと使っちまうんだよ。宵越しの金を持たないというか」
「貯蓄できないヤツの言い訳だな」
「うっるせ。っていうか、薫。組み立てができるのか?」
「まぁ、自分の板を分解したことはあるからな」
「へぇ。すごいな。そんな面倒臭いこと、俺だったらしないな」
「メンテナンスはどうしている」
「は? なんだ、それ」
「はぁ、だから壊れやすいんだろ。馬鹿ゴリラが」
「壊れたら壊れた、だ」
「それで金が吹き飛んでることを知れ。ぼんくら」
「うるっせぇなぁ。一々細かいんだよ。重箱の隅ピンク」
「なんだと」
「やるか?」
「首を洗って待ってろ」
なにせ外は灼熱だ。海が風に冷却を乗せてもなお、まだ身体は灼け付く。桜屋敷に至近距離でガンを飛ばすために、南城は立ち上がる。ガツン、と額が衝突した。喧嘩の前に喉が渇いた。立ち上がったついでに空の棒を捨てる。桜屋敷は傍らに置いたボードを脇に抱えた。コンビニから出る。
「あっちぃ。喉が渇いた」
「かおるー、なにか飲むもん奢ってくれよー。キンキンに冷えたヤツ」
「黙ってろ! クソッ、余計に喉が渇く」
「あと、買ったら組み立てよろしくな」
「やっぱり金寄越せ」
「また料理作ることで手を打っただろ」
ギラギラ地上を灼く太陽の下を歩く。日陰がほしい。ない。日向を歩く。汗だらけの桜屋敷は顔を上げ、南城は力なく歩く。灼熱の太陽が水分を奪った。
「最悪だ。日焼け止めが落ちちまう」
「げぇ、塗っているのかよ。お前」
「褐色ゴリラと同じにするな」
「日焼けした方がモテるぜ?」
「かける言葉もないな」
日傘がほしい。ポツン、と桜屋敷は思った。