イチャイチャ(当社比)
「桜屋敷先生の作品は女性人気がとても高いので」その切り出し方はいつものことだ。桜屋敷は扇子を開き、口元に当てる。逆光した眼鏡の奥にある瞳が、品定めをするかのように鋭さを孕む。「インスタ映えを狙いながらも、サイバー感がある部屋がありまして」そこに合う作品がほしいのだと、桜屋敷が得意とする分野に絡めて依頼を話した。この内容に桜屋敷の食指が動く。詳しく話を聞き、報酬と前金の約束を交わしてから、振り込みを確認して仕事に取り掛かる。結果、依頼人は桜屋敷の報酬を上回る長期的な利益を得た。短い間に爆発的な人気になるだけでなく、長期的に訪れる客足を掴める。その御礼として、一番広い部屋に泊まれる権利を渡された。しかしながら、寝具に不満がある。リクライニングとしてソファになるのはいいものの、もう少し快適性を持たないものか。高価で高品質なものを求める桜屋敷は、不満に思う。(二人部屋に一人用のチケット。アイツらに渡すか)価格は割り勘すれば、高校生でもギリギリなんとかなるだろう。機会があれば渡すか、と懐に仕舞う。いつ暦やランガと会うかわからないからだ。
「だからって、俺のベッドを普通使うか?」
ほぼ全裸の南城が、自分のベッドに寝転がりながらいう。寝るときは全裸になる男だ。眠たそうに目をしばしばさせている。
「まだこっちのほうが快適だからな」
枕に肘を衝き、頬杖を衝きながら寝転がる桜屋敷がいう。「その態勢、顎に負担がかかるらしいぜ」「お前は俺の母親か」手の平に顎を置いて頬杖を衝く南城と違い、桜屋敷は手の甲だ。断然後者は支える力が弱く、顎や首に負担がかかる。「触るな。鬱陶しい」第二の肘置きとして預けてきた腕を、桜屋敷は払いのける。「お前が俺のベッドにいるからだろ」苛立ちがわかる声色で南城は不服を伝える。私物を他人に占領されるのは我慢ならない。ましてや、相手が桜屋敷だ。強く腕を叩かれた分、不満が強まる。「不愉快なものを押し付けるな」それ以上の接近を桜屋敷が断る。「お前が邪魔で見えないんだよ。陰険眼鏡」南城が強く反発する。寝間着の桜屋敷が、肘で南城を押し退けた。
「だったら離れろ。お前が起き上がれば済む話だろう」
「断る。なんで俺がお前のために壁際まで行って、わざわざ座らなきゃならねぇんだよ。そっちがアッチ行け」
「お断りだ。この位置が一番見やすい」
「あのな。ここはアラブの石油王の特等席じゃねぇんだよ。ドケチ眼鏡」
「ほう。俺の財力とお前の財力の差を思い知ったか」
「ふざけるなよ? お前は石油王と違って、石油なんか持っていねぇだろ」
「石油王も外資や資産形成とかで財力を保持するぞ」
「マジか」
「かもしれん、という話だ」
「ざけんなよ」
人をおちょくるのもいい加減にしろ、と言外にいう。白い壁が投影機が発する光の性質で点滅し、シーンが変わる。桜屋敷の趣味で流した映像だ。南城はシーンの切り替わりと同時に身体を起こす。上から覗き込む相手の顔を、桜屋敷は見上げた。「なんだ」その尋ねる声には機嫌の悪さが滲んでいる。カーラのプロジェクター以外の光がない深夜だ。薄暗い部屋で詳細は見えないものの、桜屋敷の頬に青筋が浮かぶのは、なんとなくわかる。長年の勘だ。
「ん、いいだろ?」
「唇を尖らせるな! 気色悪い。お前の趣味に付き合ってられるか」
「あ? 毎回人のケツを好き勝手使ってるヤツはどいつだッ!? 抱いた分、しっかり取り戻してもらわないとな」
「意味がわからん。意味不明な屁理屈を捏ねるな」
「じゃないと気に食わねぇんだよ。屁理屈眼鏡」
南城は先ほどからずっと罵倒を吐くというのに、桜屋敷はお馴染みの言葉を吐かない。「筋肉ゴリラ」「脳筋ゴリラ」噛み付くよりも映画の鑑賞に集中する。こんなロボットと宇宙とシリアスな展開の、なにが面白いのだろうか? そこまで興味を惹かれない南城は、ムスッとする。映画がパッケージ詐欺を起こした。桜屋敷の趣味でない展開に移った途端、興味の矛先を変える。「俺はお前の暇潰しの道具か?」不満を乗せて問えば「黙れ」と答えが返る。担保として傍に置かれたことに、我慢はならない。だが少なくとも同衾する対象として俺を選んだ。それなら少しくらいは伏せてやろう。直接唇に噛み付く桜屋敷に、南城は噛み付き返した。