無限ポテト

 遠い昔、スケートボードを通じてつるんでいた頃の話だ。あのとき愛抱夢はコンビニやA&Wというものに馴染みがなく、連れて行くと興味深そうに店内や店のメニューを眺めていた。俺たちの間で流行ってるとハンバーガーの一つを勧めれば、紙の中で具材が食み出る。「難しいな」と難色を示したことも鮮明に思い出せる。その延長でポテトを買い、トリックをメイクしながら話をしたこともある。「ポテトが食べ放題になれば最高なのにな。少ない手元で延々と食べ続けられる」それに南城が「粉チーズ塗せてケチャップを付けりゃ最高だ」と話に乗る。それを愛抱夢は珍しそうに聞きながら「へぇ」と相槌を打った。そのとき、愛抱夢は目を細めていた。
 あのとき話した空想話が今、叶えられようとしている。
 那覇のイオンで書道パフォーマンスをしていた桜屋敷は、足を止める。本格的なデザートを楽しめることで話題のコンビニだ。沖縄にはない。同じ系列であるのに、そのコンビニはない。『沖縄初上陸』の五文字に、メニューのラインナップ。桜屋敷は足を止めた状態で考えた。「先生、片付けについてですが」バイトで雇った青年が尋ねる。桜屋敷の弟子であるパフォーマンスの元、袴と着物の似たような恰好をさせている。「あぁ」と桜屋敷はバイトに顔を向け、頷きながらメニューに顔を戻す。あの頃、愛抱夢と話した空想話が、叶う商品が売りに出されている。
「ところで、腹は空いてないか? なにか一つ、奢ってあげよう」
 強く結んだ袴から扇子を抜き取り、顎に当てる。閉じた扇子は桜屋敷の企みを隠す。腹の中の企みは、微笑む口元でさらに隠された。隠蔽を行い、必要経費とする。「今日頑張ってくれたお礼だ。一人一つずつ持ち帰るといい」人数割る二で、フレンチとカナディアン。『カナダ』という地名で、スノーボーダー出身のスケーターを思い出す。かくして桜屋敷はバイトたちに一人当たり二三〇円を払うことで、木を隠すことができた。木を隠すなら、森の中である。木を食べ続けても、次第に飽きることは明白だ。ならば事情を知る者を巻き込んだ方が手っ取り早い。
「おい。ゴリラ。邪魔するぞ」
「今日は閉店だ。って、他の店の食い物を持ち込むなッ!! 陰険眼鏡!」
 料理店を経営する者としての自覚はあったらしい。カウンターに買ってきたものを置くと、出てきた男が力強くカウンターを叩く。まさしく『ゴリラ』だ。桜屋敷は書道袴のまま、カウンターの席に着く。
「ツマミを買ってきてやったんだ。有難く思え。ついでに食い続けると流石に飽きる。なにかアレンジしろ」
「何様だ、お前。っつーか、食べたのか?」
「まだだ。ボケナス」
「食ってないのに飽きるとかわからねぇだろ。陰険眼鏡。おっ、量が多いな。これは流石に飽きる」
「俺の真似をするな。筋肉ゴリラ」
「お前と意見が合っちまったこと自体が不幸の始まりだ、ロボキチ」
 あぁいえばこういう。悪態を吐き合いながら、この店のオーナーシェフ──南城は、桜屋敷が隠していた木を食べた。A&Wのものと違い、中はサクッとしている。でんぷんで作ったモチッとした感触はなく、皮を剥いた芋を細切りにして揚げたようなものだ。それか、このくちどけである。マッシュポテトのようにジャガイモを潰したあと、形を整えて油で揚げた可能性もある。ともかく、学生の頃に親しんだポテトとは一味違う。
「この近くじゃ食べたことがない味だな。どこか新しい店でも出たのか?」
 張り合うよりも先に疑問を解決する。南城に遅れて、桜屋敷も一本食べる。食に感心のある南城が疑問に思うのも当然だ。A&Wで食べたものと食感が異なる。
「イオンで出張販売をしていたものだ。ボケナス」
 他のコンビニと同様の調理をしているものか? と思いながら、桜屋敷は答える。美味いがやはり、量が多い。ストレートにプレーンな味だけだと、飽きが来てしまう。桜屋敷は物足りなさを感じた。
「あんなところまで行ってたのかよ、ロボキチ」
 大型デパート店まで入って食べ歩く趣味はない。食べ歩きといえば、商店街や出店が一番である。雰囲気も楽しむ南城は、わざわざ大型デパートまで食べ物を探しに来た桜屋敷を信じられない。
「仕事に決まっているだろう。俺はお前と違って忙しいんだ。脳筋ゴリラ」
「こっちは店で料理の研究をしているんだよ。メカキチ!! んな忙しいのに、わざわざここにねぇ」
「黙れ。さっさとキッチンに戻って、俺を満足させるものを出してこい。ゴリラ」
「酒はいつもので大丈夫か?」
「度数は低め」
「注文する側の態度とは思えねぇな。俺はソムリエか」
「ゴリラがソムリエとは笑わせる」
 また一本、つまむ。やはりモチッとした食感が強い。桜屋敷の悪態を受け流し、南城はワインを取りに向かう。そのあとはキッチンだろう。虎次郎のことだ。どうせなにかを出してくる。残る一口を口に入れる。外はサクッとしており、中はクリーミーな味もする。もぐもぐとプレーンの状態を味わっていると、南城がカウンターに近付いてきた。
 手にワインのグラスと瓶を持っており、度数は三パーセントだ。瓶の色は茶色であり、すらりとなで肩だ。ブルゴーニュ型で、フランス産と見える。ボトルの色は茶色、長く熟成することに向いたタイプだ。ビール瓶のように茶色いのに、ラベルと蓋を覆うキャップシールは地中海の色だ。青いストレートグリーンに爽やかなターコイズブルー、シェルとベビーのピンクが重なり、暗いクロムグリーンと鮮やかなマンダリンオレンジが緑と地面を思わせる。強い太陽も思わせた。『カルフォニア州のモントレーにある家族経営のワイナリーで、とても健康的なライフスタイルのために作られたワインです』桜屋敷の右手のバングルにいる人工知能のカーラが検索した結果を報告する。愛する人工知能に、桜屋敷は慈しむ視線を送った。『シャルドネ』という名前でも、フランスのものと違うらしい。「最近、新しく見つけたものだ」といって、南城はワイングラスを置く。レモンとバニラの、甘くフレッシュな香りが漂い始めた。グラスの四分目に濃いイエローグリーンが注がれる。とっぷり膨らむ腹の中間へ達するまでもなく、瓶はグラスから離れた。風味が損なわれないよう、南城は強くキャップを締める。桜屋敷はグラスを軽く揺らし、風味を楽しんだ。
「ふむ。悪くはない」
「今度メニューに出そうと思っているからな。度数で高中低。料理も捌けて一石二鳥だ」
「客の滞在時間が長引くな」
 酒を飲めば、料理を頼む手も進む。アルコールで脳が機嫌を良くし、話し込む時間も増える。大量の客を捌くには不適切だ。客一人当たりの単価が高くなれば、料理を出す店の雰囲気と掛け合わせれば不都合はなくなる。
「客一人当たりの単価が高くなるからトントンだ」
 雑な計算で、南城は桜屋敷と同じ答えを出した。店を維持する上で基本的なことは──実にどの店でも共通していえる重要なことであるので──、意見がすれ違うことはない。「フン」と桜屋敷は鼻を鳴らして、ワインを楽しむ。フレッシュで、すっきりとした味わいだ。フルーツの酸味が果実の甘味にまろやかさをもたらし、どの料理にも合いやすい。(度数低めで出すということは、あれとあの料理の組み合わせも考えているということか)南城の店の客層を考える。そんな桜屋敷を他所に、南城はキッチンに戻った。シェフの戦場、レストランの厨房である。イタリア料理を出す上で重要な調理器具は一通り揃っており、南城の扱いやすいようにキッチンの高さが設けられている。一種のオーダーメイドだ。南城より数十センチも低い身だと、高く感じて使いづらく感じる。壁や大型冷蔵庫には手書きのメモが貼られており、時に風化したものもある。年月を経たものは、イタリアで修業したときに培った知識レシピだ。その知識を元に、〝Sia la luce〟の料理に開発と改善を行う。(薫のことだ)イタリア料理を専門的に扱う店を選んだ以上、ただケチャップとマヨネーズを出しただけでは足りないだろう。よって、シェフの知識と経験を活かしてアレンジを施す。
 コンロの前で使う調理器具について段取りを立てたあと、南城は動いた。
 戦場の大型冷蔵庫を開け、先に作ったデミグラソースを取り出す。ディナーの肉料理で出すハンバーグの改良品だ。ケチャップの代用はこれで物足りるだろう。次はマヨネーズの代用品だ。ここからが本番となるだろう。なにせイタリアがあるヨーロッパの大地は、乳製品が生活の歴史に根差しているといえる。
(カナダやアメリカに馴染みが深いA&Wだとカムバックソースがあるが、これはモチッとした食感のフライドポテトには相性が悪いだろうな。それと薫がそことそれを比較する恐れが出てくる。アイツの小言は面倒だから、一旦保留だな)
 脳の神経細胞が一往復しないうちに結論を弾き出す。タバスコを候補から外し、マヨネーズを片手に取る。
(なら、アイオリソースだな)
 本来は卵黄とオリーブオイルを乳化させたものを使うが、桜屋敷の要求は〈従来のアレンジ〉だ。代用にマヨネーズを使う分には問題ない。シェフの腕の見せ所である。ガーリックは要であり、レモンを酸味の風味づけに、オリーブオイルを数滴、本来の味付けに近付かせる。全ての材料を一つのボウルに入れて泡だて器でよく混ぜ合わせたあと、冷蔵庫に入れて冷やす。これで一種類目は完成だ。(チーズもほしいな)チリソースを作る手もある。赤と白、それぞれ二種類で行こう。南城は二種類目の調理に取り掛かる。同じく、隠し味にガーリックと黒胡椒を用いた。食を進ませるディップには必要不可欠である。店で使う買い置きしたクリームチーズを取り出し、量を量る。どうせあの量だ。このくらいあっても問題ないだろう。最悪フランスパンの付け合わせに使えばいい。時間短縮でクリームチーズを電子レンジで温めたあと、一種類目と同様にボウルで掻き混ぜる。今度はガーリックはすりおろしで、パセルの微塵切りで風味を加えたものだ。しっかりふんわりすると、ディップ用の器に盛りつける。これで完成だ。
(次はチリソース)
 調べてみたら市販品が強い。根気強く検索候補のリンクをタップすると、本格と銘打った作り方が出て来た。豆板醤はないが、コーンスターチはある。豆板醤で辛みとまろやかさの補強をするのであろう。東南アジアのやり方に倣って、材料を用意した。日本では鷹の爪で親しまれる赤トウガラシ、お馴染みのニンニクに砂糖、塩と酢。お好みでコーンスターチを用意した。これは調理の過程が完成した直後に入れる。ソースが水っぽくては、揚げたポテトの食感を台無しにする。鷹の爪は微塵切りに、ニンニクは先と同様すりおろし、砂糖と塩を適量入れる。微塵切り以外は全て小鍋の中で行える作業だ。そのあと大さじ三杯の酢を入れ、弱火にかける。ここからが長く感じるが、料理に必要なものは根気だ。泡が出始めたら、大きな泡になる前に止める。(薫だったら絶対強火で短縮するな)その方法は悪手である。しかし理科のテストは同点を張れた過去もある。案外、律儀に待つのかもしれない。
 最後にぬるま湯で溶かしたコーンスターチを入れる寸前で気付く。
(色合いが足りないな)
 参考にした画像とは、あまりにも透明度が高すぎる。もう少しインターネットの検索から情報の発信源を辿ると、どうやらオーストラリアのシドニーで慣れ親しんだものらしい。自分と桜屋敷の手前、砂糖を『スイート』が冠するものほど入れなかった。それが仇となった。とはいえ、外国は過剰にも砂糖を入れるものも多い。砂糖の分量を無視して記事を読み進めれば、トマトを使うものもあるとあった。
(ケチャップと同じく人気なら、ケチャップを加えるのも有りか)
 大分過程はズレたが、デミグラスソースを作る感じで与えれば大丈夫だろう。南城は急遽路線を変更し、完成したチリソースにケチャップを適量加え、味を調整した。ケチャップにも酢は使われている。酸味を抑えるために、刻んだ赤トウガラシを少し増やして再度煮詰める。コーンスターチで全体的に味を薄めるのも有りだろう。ケチャップとの兼ね合いを考えて、ぬるま湯で溶かしたコーンスターチを入れる量を調整した。
 ディップソースとしての固さは上々。これでマヨネーズとケチャップを使ったソースが二種類ずつ出来上がった。四種類の同じ型の器に盛りつけたものを、デザートを盛り付ける長い皿に乗せる。一種の盛り付け方だ。桜屋敷の要求に応じたソースが出来上がると、南城はカウンターに戻る。
 カウンターでは、桜屋敷が一人で酒盛りを行っている。
「一人で食べてんじゃねぇよ」
「お前の分は残っているぞ。馬鹿ゴリラ」
 皮肉を交えた通り、ディップソースを楽しむ分は残っている。しかしながら、Xサイズにある量は食べられているといっても過言ではなかった。「取り合いになるだろ」南城は自分にも取りやすいよう、カウンターの一番高いところにポテトを取る。「俺のだ」目尻を吊り上げた桜屋敷が、カウンターの一番高いところからポテトを取り、奪う。「俺の分が取りづらいだろ!!」正論を吐けば「知るかッ!」と返される。結局、南城が新しく中くらいの皿を取り出すことで決着が着いた。桜屋敷はポテトが本来入っていたボックスを手元に置き、南城はXサイズに匹敵する量を中くらいの皿に乗せる。ここまでの量を許したということは、桜屋敷もポテトに飽きてきたということだ。大人しく渡した桜屋敷は、出されたディップソースにポテトを付ける。
「ふん、まぁまぁだな」
「いってろ。ん、予想通り合うな。こっちは、っと」
「お前、覚えているか」
 急に桜屋敷が昔話を切り出す。自分の分として適当な器にソースを盛り付けた南城は、桜屋敷に視線だけ向けた。食べる手は止めない。
「昔、愛抱夢と滑って腹が減ったとき、ポテトを買ったことあっただろう」
「あぁ、あったな」
 ケチャップはポテトとの相性は最高である。見立て通り、モチッとした食感にピリッとした味わいは合った。ジャガイモの餅のような食感から、東南アジアの料理にインスピレーションを得たのは幸いである。けれども、どうにか一つ惜しい。南城は問題の原因がわからないまま、自家製のチリソースでもう一本ポテトを食べる。
「そのとき、愛抱夢とした会話を覚えているか?」
「ん? なんだったかな」
 白を切る。デミグラスソースとの相性は、予想通り抜群だ。箸が進む。チーズもジャンクフードの親しみがありながらも、ジャンクと一線を画す。専門的に料理を極めたシェフが出すさながらのものだ。ヨーロッパで馴染みが深いソースも、ヨーロピアンである。こちらを料理で店に出すことを考えたとき、改良点は山ほどあった。
「ポテトが食べ放題になれば最高になると話したんだ。ボケナス」
「あー、あったな。でも、バイキングで食べれば解決する話じゃないか?」
 カマをかける。答えは分かりきっている。口直しにプレーンな状態のポテトを食べる。
「バイキングで食べることと店で買うのとでは大違いだ。ぼんくら」
 桜屋敷の米神に青筋が立つ。半ばキレた状態で桜屋敷が返した。やはりそうか、と南城はぼんやり考える。二つの矛盾点を見つけた。
「店で買って持ち帰るんじゃ、食べ放題っていえねぇだろ。すかたん」
「気持ちの問題だ。うすらとんかち。食べ放題に匹敵する量を指しているに決まっているだろうが」
「お前みたいなケチ野郎だったら、ビッグサイズを買って大皿にけると思ったぜ」
「気持ちの問題だといっただろうが、ぼんくら。映画館のポップコーンLサイズの量だったら気分がいい」
「で、いくらぐらいしたんだ? これ」
「税込み千二一〇円」
「たっか! まぁ、これだけの量を調理していると考えたら妥当か」
 いくら桜屋敷でも買う値段とは思えない。それを覆すなにかがあるのだろう。頭で理解できる南城は、カウンターに肘を乗せて身を乗り出した状態のまま、話を続ける。桜屋敷は赤いディップソースにパスタを沈ませた。
「一人で食うには多すぎるな」
 寂しく目が伏せられた理由も、なんとなく理解できる。だからといって、素直に認めることは癪である。
 桜屋敷のカウンター側にあるワインを取り上げ、自分のグラスに注ぐ。桜屋敷はなにもいわない。酒を戻せば充分だからである。
 グラスの四分目まで注ぐと、南城はワインを桜屋敷の手元に戻した。ドンッと音が鳴る。気にも留めず、桜屋敷はポテトの森から木を一本引き抜き、ソースの沼に沈める。南城はグラスに注いだワインを、いつもより多い一口で飲んだ。どうにも、チリソースで食べる分にはバニラの風味が台無しにする。乳製品と一緒であれば、良かっただろう。フードフレンドリーといえども、加減があった。
「太るだろ」
 それだけ返した。