幻のレアアイテム【逆バニー】

 魔王愛抱夢の依頼で、イ=トマンシにあるダンジョンの点検へ向かうこととなった。「オードブルの準備はしておかないとね」魔王愛抱夢ならではのこだわりである。忍者の〝Cherry blossom〟のレベルなら、この一帯の魔物は一撃で倒せる。ミノタウロスのジョーも、いうまでもない。「こういう話を聞いたことがあるぜ」「なんだ」「どこかの世界では、エロトラップというダンジョンものがあるらしい……!!」「くだらん。お前がトラップにかかれ」「つまんねぇヤツだなぁ。俺が引っかかってなにが面白いんだよ」「高見の見物をしてやる」「この性悪眼鏡」ピキピキとミノタウロスのジョーの頬に青筋が浮かぶ。口角も引き攣った。このフリを出せば、エロトラップが出てくることはご承知の上だろう。だが、残念ながら。魔王愛抱夢にそのような趣味はない。「ランガくんが落ちて怪我でもしたらどうする? 既に塵一つ残さず消し去ったよ」勇者MIYAが活躍する世界に、エロトラップというものは残っていないようだ。絶滅危惧種となった。それでも、生き残りはいるものだ。
 宝箱を開いては閉じる。「ただの点検とかつまんねぇな。なぁ、薫。賭けをしようぜ! 俺は次にアイテムが出るのに賭ける」「くだらん。お前、リストは見ただろ」魔王愛抱夢の側近であるナーガのスネークから、点検を要するチェックリストは受け取った。それはミノタウロスのジョーも所持してる。勝負は見えており、忍者の〝Cherry blossom〟も賭けるものは同じらしい。「なぁんだ。つまんねぇ」ミノタウロスのジョーは頭の後ろで腕を組み、大きく溜息を吐いた。忍者の〝Cherry blossom〟は相手にしようとしない。律儀に点検を続ける。リストにあるものと同じであった場合に、筆でペケ印を付ける。
 何度目かの宝箱で、〝Cherry blossom〟は固まった。「うっ」と声を上げる。コカトリスの石化光線は出ていない。「なんだ。どうした?」ミノタウロスのジョーが不思議に思って、〝Cherry blossom〟の手元を覗き込む。次の瞬間、ミノタウロスのジョーも大きく顔を歪めた。こちらは上半身を後ろへ反らし「げぇ!?」と声を出している。人間とミノタウロスの雄二人。どちらも着用できるはずがなかった。
 幻のレアアイテム〈逆バニー〉の衣装がそこにあった。効果は羞恥心で攻撃力が999ポイント、身軽さで素早さが999ポイント上昇するが、代わりに防御力が999ポイントダウンする。攻撃が上昇し防御力が大幅に下降する点を考えれば、素で防御力が高い人物に装着させることが最善手だ。手軽に火力を上げられる。
 無言で〝Cherry blossom〟はメニューを開く。空中に電子でできた一覧が現れた。パーティーは、先頭に忍者の〝Cherry blossom〟で次にミノタウロスのジョーだ。「おい。待て」青褪めるミノタウロスのジョーが、忍者の〝Cherry blossom〟に声をかける。〝Cherry blossom〟は無言で、ジョーのステータスを確認した。装備一覧から入手したアイテムを確かめる。
「装備できるらしいぞ」
「ふざけるなッ!! 誰が、んなもん装備するかッ!」
 冷静に事実を述べた〝Cherry blossom〟にジョーは反抗した。元々、ミノタウロスのジョーは全裸同然だ。下半身は牛の毛皮に覆われており、脳の感情に即して臀部の上にある尻尾が動く。耳も牛のものであり、雄牛の角も頭から生えていた。幻のレアアイテム〈逆バニー〉は種族問わず誰にでも着用が可能なようだった。
「俺が装備できるんなら、お前も装備できるんだろうが!?
「誰がこんなもん着るかッ! 寧ろ露出魔ゴリラにお似合いの品だろう。おら、さっさと着てアタックとスピードを上げろ!!
「んなもん着るくらいならドーピング剤飲み干した方がまだマシだッ!! 性悪忍者! 第一、そんなタイトな素材じゃ、俺の筋肉に耐えられないだろ。破れるのがオチだ」
「残念だったな。高レアリティなだけあって破れない。ドラゴンの炎でも耐え得る代物だ。よかったな。ステーキになる心配はないぞ」
「勝手に人を食材にするな!! 攻撃力と素早さなら、忍者のお前の方が」
「愚問。ゴリラを素早くして一網打尽にした方が、俺が楽できるだろ」
「お前な。第一」
 開き直る〝Cherry blossom〟にピキピキ青筋を浮かばせ、ジョーは反論をいおうとする。その寸前で、口を閉じた。言いにくそうに、目を泳がせている。
「なんだ。どうした」
「先に聞いておくが、薫」
 そわそわと顔に熱を集めながら目を泳がす割には、声が低い。地を這いかけた声だ。
「もしや、わかってていってるんじゃないよな」
「だとしたらどうする」
「てめぇ!!
「第一、万が一必中の技が来たらどうする。元から紙装甲の俺をさらに薄くしたら、一発で沈むぞ」
「お前のメンタルはミスリル鉱山のように分厚いだろうが! っつーか、クラスチェンジすりゃ済む話だろ!? 紙防御力になるやつばっか選びやがって!!
「一点集中の方がなにかと役に立つし無駄がないからだ。阿呆。パーティの生存率を考えたら、お前が装備した方が一番早い」
「嬉しくもねぇぞ。陰険眼鏡!! 遠回しに、誘わなくたっていいだろ」
「は?」
「違うのかよ!?
「〈逆バニー〉の呪い以外になにがある? 教会で解呪をされないまで装備から外れないことは愚か、解呪したら最後。塵となって〈逆バニー〉は消える」
「おい」
「だから特にこだわりがなければ、とっとと道具屋や武器屋に売って金にするのが一番手っ取り早い」
「だったら尚更俺が着る必要ねぇだろうが!? この陰険眼鏡!」
「阿呆か! 戦闘時俺が楽できるという利点があるだろう!! 残りの雑魚はお前が片付けろ。全体攻撃できる武器があっただろ。それを使え」
「俺が〈逆バニー〉着る前提で話を進めるんじゃねぇよ! 卑怯眼鏡!! お前、〈逆バニー〉に纏わる伝説を知らねぇのかよ!?
「はぁ? なんだ、それは」
「いや、伝説というか、噂ってヤツに近いだろうが、ぐっ。なんだ、こう。あるんだよ!! バニーに対する期待が!」
「意味がわからん。なら俺が回収することにしておくか」
「駄目だ! お前の手に渡るくらいなら、俺が預かる」
「は? 女に使うつもりか? いつのまにそんな悪趣味を」
「お前と一緒にするな! 俺は女に使うつもりはない」
「ならいいだろ」
「駄目だ」
「いや、だから、おい。放せ!! 馬鹿ゴリラ! これは俺のだ!!
「俺に着させるつもりなら持ってても意味ないだろ! こんなものを、日の目に出したらいけないんだ!!
「意味がわからん! 第一、見つけたものは全て愛抱夢に報告する義務がある。スノウの監視も兼ねてな」
「それは愛抱夢の趣味だろ」
「幻のレアアイテム〈逆バニー〉を装着したゴリラの抱き心地よりも、戦闘の面でどのような効果があったかを報告した方が理に適うだろう」
「待て。今、なんつった? お前、やっぱり」
「よって、愛抱夢の報告をサボるお前より俺が持っていた方が効率的であり、そんなに欲しいのならお前が着るという選択しかない」
「開き直るんじゃねぇぞ!! インチキ眼鏡! やっぱり俺を抱きたいんだろ!?
「自意識過剰も大概にしろ!! 色ボケゴリラ! 人の話を聞かない点に関しては、お前も大概だろ」
「うるせぇよ。色ボケ眼鏡」
「真似するな!」
「したのはそっちだろ!!
 ギャアギャアと幻のレアアイテム〈逆バニー〉を手に喧嘩を続ける。強靭な腕力を持つミノタウロスの力であっても、〈逆バニー〉の布地は破けない。不思議な素材で出来ているようだ。キラキラと宝石のように煌めく一方、首から下の胴体と股関節部分までは全て露わになるという畜生の設定を持つ。誰が作り出したか。それは魔王愛抱夢が殲滅したエロトラップの住人に他ならない。
 喧嘩は続く。エロトラップの住人が作りしアイテムが日の目を見るのは、まだ遠そうであった。