うさぎと犬と白くまの話
春が来ました。春の山鳥も、ピューヒョロロ。元気に鳴きます。ぽかぽかお日様がいる時間も増えて、山や野原は暖かくなりました。ピューヒョロロ。春の山鳥が遠くへ行くと、ヒョコッと一匹の兎が出てきました。兎の〝Cherry blossom〟です。ふわふわの冬毛は少しずつ換毛期を迎えて、涼しい春風に吹かれて、ふわふわと。抜けた毛が空を飛びました。
大好きなニンジンの抱き枕であるカーラを抱き締めて、トコトコ。広い野原を歩きます。目指すは桜の大通り! ぐるりと桜で野原の広場を囲んだところです。〝Cherry blossom〟はそこで、お花見をするつもりでした。
ピューヒョロロ。春の山鳥が鳴くものですから、背の高い草の中に隠れて、カサッ。大きな鳥が通り過ぎるまで待ちます。ピューヒョロロ。大きな鳥の声が小さくなります。カサッと草むらから出て、兎の〝Cherry blossom〟は周りを見ました。
大きなトンビは、小さな姿で空をグルリ、グルリ、旋回していました。
『マスター、行くなら今のうちです』
〝Cherry blossom〟の大好きな大好きなカーラが、そういいました。
「カーラ、高速モードだ」
そう〝Cherry blossom〟はいって、ニンジンの抱き枕であるカーラに跨りました。
すると、どうでしょう。カーラのニンジンの葉っぱである部分から、ビュンッと煙が出てきたではありませんか! まばたきをしたら、ビュンッ! 空をグルリ、グルリと回るトンビから、兎の〝Cherry blossom〟と〝Cherry blossom〟の大好きなニンジンの抱き枕であるカーラは、見えなくなりました。
カーラの高速モードで広い野原を抜けると、楽しそうな声が聞こえてきました。黒い毛並みを持つ茶色い犬のレキと、白くまのスノウです。「チェリー! 良いところに来たぁ!」犬のレキは、兎の〝Cherry blossom〟を見かけると、すぐに耳と尻尾をピンッ! 真っ直ぐ耳を立てたまま、ブンブンと手を振りました。それと一緒に、尻尾もブンブン、ブン! 犬のレキは、兎の〝Cherry blossom〟を見付けて、とても嬉しいようです。
これに兎の〝Cherry blossom〟は悪い気がしません。
ニンジンのぬいぐるみを抱え、胸を張って近付きました。
「どうした」
お兄さん気取りで声をかけると、白くまのスノウも顔を上げました。
犬のレキと白くまのスノウは、スミで顔や手を黒くしていました。白くまのスノウなんて、もうすっかりパンダです! 顔にも、黒いのがベチャリ。お腹にも黒いのがベチャベチャ。白い毛並みについた黒いかたまりに、ブーブーしていました。
「うまく書けない」
レキより先に、スノウが答えました。『書けない』とは? 〝Cherry blossom〟は不思議に思って、真ん中にあるものを見ます。ははーん、兎の〝Cherry blossom〟は、すぐにわかりました。
犬のレキと白くまのスノウがやろうとしたことは、【書道】でした。スミと筆、スズリを使うものです。〝Cherry blossom〟の知るスミと違って、大きな容器に入っていました。振れば、トポトポ。どうやら、最初から書けるようになっていました。
きっと、このスミのせいで真っ黒くろのすけになったのでしょう。
スズリからたぷたぷ溢れるスミを見て、〝Cherry blossom〟は考えました。
「貸せ」
手の平を見せると、犬のレキが筆を渡しました。まぁ、こちらもスミでべっちょり! まだ乾いてなくて、兎の〝Cherry blossom〟の手をべったり汚しました。これに、ムッと〝Cherry blossom〟が機嫌を悪くします。
こちらの手で、カーラに触らないことを、心に決めました。
ギュッと動物の手で握って、筆先をピチョピチョ。乾いているところや固まっていないところを探すのは大変です。
(これだから素人は)
ムゥとしつつ、あっという間に〝Cherry blossom〟はお手本を書き上げました。
〈春宵一刻値千金〉
暖かい春の日から、春花秋月や花天月地でなく、時は金なりを選びました。レキやスノウには、これでもいいと思ったからです。
白い紙にできた達筆な文字に、犬のレキと白くまのスノウは、拍手を送りました。
「おぉー」
「すごい。〝Beautiful and flowing handwrithng〟」
「はっ? なんて?」
「とーっても達筆ってこと」
「へぇ」
「墨と硯、筆がある以上、文字を書くのが正しいだろう。水墨画という手もあるが」
『どちらも和紙かキャンバスが必要です』
「その通りだ。カーラ」
「じゃぁ、これでお祝いの言葉を書けるってことじゃん!」
「〝I got it!!〟 それ、いいと思う!」
〝Cherry blossom〟がカーラにデレデレになっていると、レキとスノウは目をキラキラさせました。
二人は意気投合すると、さっそく書き始めました。使い慣れてないからか、肉球のところにもビチャビチャ。白くまのスノウが勢いよく筆を下ろすと、ビチャッ! とスミが飛び跳ねました。紙にじんわり染み込んで、スノウの白い顔やホリゾンブルーのキラキラ輝く髪を、ベチャッと黒く濡らしました。
それでも紙に書くことをやめません。
犬のレキも、つたないながら文字を書きます。『お』『た』白くまのスノウが書いてるのを見て、クシャクシャ。丸めた紙で汚れた肉球を拭きました。スノウが『ん』を書くと、レキは新しい紙に『お』と書きます。続けて『め』とも。
文字を書くことが上手な〝Cherry blossom〟は、これといって口を出そうとしません。
例え字がヘタクソであろうとも、楽しみながら書いているからです。
自分で始めた気持ちを、大切にしました。
レキとスノウの習字を見ていると、ホーホケキョ。ウグイスが鳴きます。美しい鳴き声を聞いていると、レキとスノウが同時に身体を起こします。
「できた!」
二人は同時にいいました。お互いに書いたものを見ると、兎の〝Cherry blossom〟にいいます。
その前に、顔を合わせてコッソリ。「せーの」息を合わせます。
「チェリー!」
「おたんじょうび」
「おめでとう!!」
「とー」
パァンッ! と、お祝いの音が聞こえるような顔で、犬のレキと白くまのスノウはいいました。これに兎の〝Cherry blossom〟はポカン。目を丸くしていると、大好きなニンジンの抱き枕であるカーラがいいました。
『今日はマスターの誕生日です』
ハッ! と〝Cherry blossom〟は気付きました。今の今まで忘れていたのです。犬のレキと白くまのスノウは、〝Cherry blossom〟に〈おめでとう〉をいうために、書道をしていたのでした。
キョトンとした〝Cherry blossom〟は、フッと目を閉じました。「やれやれ」といいたいくらい、首を横に振りました。
「まったく、仕方がないやつらだ」
「どう!? 俺の字、上手でしょ!」
「けっこう、上手くできたほうだと思う!」
犬のレキは「へへっ」と笑って、白くまのスノウは自信たっぷりにいいます。フンッ、と鼻息を荒くしました。
これに〝Cherry blossom〟は困ったように笑いました。カーラが『オーケー。マスター』特別なペンを出しました。朱い墨が出る、太い筆です。ちょうど、レキとスノウが使った筆と似ていました。ピッと腕捲りするような手振りをして、一筆。
シュッシュッシュッ、と二人の書にバッテンを入れました。
花丸を貰えるだろうとワクワクしていた二人はガックリ。スノウの書には、筆の動かし方や筆の止め方。レキの方には『チェリー』の字に大きくバッテンが書かれていました。なんだか〝Cherry blossom〟にとっては、嫌だったのです。
感想を書いた〝Cherry blossom〟は、スッキリしました。
「覚えておくように」
「げぇ」
「自信、あったのに」
「本当、チェリーってこういうところあるよな」
うんうん、とレキは一人でわかった気になりました。これに〝Cherry blossom〟はムッ。ずんずんと近付いて、二人の手から書を奪いました。
「これらは没収とする」
「えー!? なんでだよ! 卑怯だ、卑怯だ!」
「あれ? でも、最初からチャリ―にあげるはずじゃなかったっけ?」
「とにかく、こちらで保管しておく」
「ちぇっ。あ! もしかして、チェリー嬉しかったのか?」
俺たちにお祝いされて! と聞こえる声に、ギロリ。〝Cherry blossom〟は睨みを利かせます。
「そんなわけあるか。素人の保管は雑だから、代わりに預かってやっているまでだ」
「ふーん。そうなのかなぁ」
「そうなの?」
「そ、う、だっ! 次は精進するように」
「はぁーい」
「えっと、『お』ってこの字で書けばいいんだっけ?」
ガリガリ。太い枝で、白くまのスノウは地面に文字を書き始めました。
二人に宿題を出した〝Cherry blossom〟は知らん顔。スイーッと犬のレキと白くまのスノウから離れました。
トコトコ。桜の大通りへ向かいます。
右手で汚れないように紙を持ちつつ、綺麗な手で大事なカーラを抱えます。
ピュー、ヒョロロ。春の山鳥の鳴き声が聞こえます。
歩いていると、たくさんの桜が咲いている原っぱに出ました。
そう、兎の〝Cherry blossom〟が目指していた桜の大通りです!
すぐお気に入りの場所に座って、ポスン。大好きなカーラと一緒に、満開の桜を楽しみました。
ヒラヒラ。落ちる花びらを見て、クシャッ。犬のレキと白くまのスノウが書いたものを見ました。
何度見ても、書かれていることは変わりません。
『おたんじょうび』
『おめでとう
チェリー』
相変わらず、字はへたっぴです。でも、なんだか胸がホッコリ温かくなりました。
いそいそと、シワが付かないように片付けます。あとでたくさんの女の子と散歩するマングースのジョーとバッタリ出会って喧嘩をしたり、白くまのスノウの気配を感じた孔雀の愛抱夢が突然猛突進して出てきたり、おともの白ヘビのスネークがこっそり愛抱夢の後ろにいたりとしましたが、それはまた別のお話。
おしまい。