帯に猫じゃらし
着物の着方はなんとなくわかるが、帯の結び方はわからない。適当にゴチャゴチャと物が並んでおり、なにを取ればいいのかがわからない。南城は適当に紐を選び、ぐるぐると腰に巻いた。硬そうな布より使い道が広そうだからである。柔らかい布は南城の腰を三周周り、腰のところでキュッと結んだ。背中に結び目が来るものだが、器用に背中で結べるほど手慣れてはいない。粋な風にと片側をリボンのように羽を出させ、もう片方は短くすることもせず垂らす。これでいいだろう。全体のバランスを見て帯を回せば、様子を見に来た桜屋敷が顔を顰めた。
「帯を大事に扱え。ド阿呆」
所有者からのキツい一言である。「んなこといったってな」南城は不満を露わにして不服を申し立てる。桜屋敷の体格に合わせた着物は南城に合わない。新しく仕立て直す必要があるが、布地の目安がなくてはわかりにくい。桜屋敷が丁寧に保管する着物を南城は雑に扱い、着物の形を崩す。最初からこれをわかっていたので、なるべく安い着物を渡した。桜屋敷は大股で南城に近付き、外から格好を直してやった。
「どさくさに紛れて触ってんじゃねぇ」
「誰が触るか。筋肉ゴリラ。チッ、布帯に変な皺を付けやがって」
「付いてねぇだろ。元から巻きやすかったんじゃねぇの?」
「阿呆か。お前みたいな貧乏人には手に余る代物だ」
「着物着る趣味なんて最初からねぇよ。成人式のときは、仕方なくだ」
「あぁ、あれはとんでもなく趣味の悪いものだったな。原始人が選ぶだけある」
「趣味が悪いのはお前の方だろ!! あんなのを選ぶ頭の方がどうかしてるぜ」
「それはこっちの台詞だ。脳筋ゴリラ」
「真似するんじゃねぇよ。腐れ眼鏡」
「俺が先にいったんだ。この阿呆」
「はぁ? いってねぇだろ」
「いった! カーラ、俺が成人式に出たときから何日と何時間何分経ったか計算してくれ」
「って! そんな昔の話まで持ち出すんじゃねぇよ!! 陰険眼鏡! 細かすぎるとモテねーぞ」
「俺はお前みたいに女を取っ替え引っ替えしたり囲まれたりするような趣味はない」
「ケッ、いってろ」
「図体だけデカいゴリラに人間の理性というものは宿らんからな」
「どの口がいう!? どの口が!」
「この口だ」
「本当、神経図太すぎるな。面の皮が厚すぎるぜ。狸眼鏡」
「それで大口の依頼を取ったからな」
「腹黒狸め」
南城は呆れる。二枚舌までとは行かないが、強引に話を推し進めるだけの面の皮の分厚さはある。一瞬裏の顔が出るものの、表の顔で商売や営利に話を運ばせるほどだ。分厚いミルフィーユのように、化けの皮が重なるのだろう。きちんと着付けを施し、桜屋敷は不満を零す。
「やはり合わんな。ゴリラにも衣装、ゴリラに着られた着物の方が可哀相だ」
「お前が着せたんだろうがッ! この着物、ちょっと丈とかが足りねぇだろ」
「それはお前の図体がデカいからだ。ボケナス。どうも微妙に合わん」
「お前の手持ちじゃ、コイツの方がよっぽどマシだ」
「ふむ。お前には腹切帯がお似合いだな」
「あ?」
「通人の好んだ着物の着方のことだ」
「へぇ。グルメな俺にはお似合いの着方かもな?」
「食べ歩きのどこがグルメだ。因みに、通人というのは遊郭遊びに通じた男のことを指す」
「誰がキャバ嬢通いだ!? 俺のナンパと風俗通いを一緒にするんじゃねぇ。陰険眼鏡」
「おい。脱ぐな。着物が崩れる」
「やっぱりこうした方が俺の肉体に合うな。筋肉がよく映える」
「勝手に満足するな!! 筋肉ゴリラ! 俺の着物の形が崩れるといってるだろがッ!!」
「知るか!! んなに嫌なら貸すなッ!」
「うるさい! とっとと脱げ!! お前に着させた俺が馬鹿だった!」
「まっ、おい! 勝手に変なとこ触んなッ!! 変態眼鏡!」
「誰が変態だ!? この露出狂ゴリラ!」
「お前だよ! お前!! このロボキチ!!」
「なんだと!?」
「やるか!?」
「受けて立とう」
ピキピキと青筋を立てる。やはり喧嘩は避けられないところであった。喧嘩の最中に着物は脱がされるが、喧嘩から離脱したのは着物とそれらの付属品である。半裸の南城は着物を着崩さない桜屋敷と延々と喧嘩を続けた。時計の針が進む。喧嘩は終わらない。キリのないことである。
腹の音が鳴るまで続いた。