『火と水』サンプル
同室の者が寝静まる中、どうにか一戦をやり終える。今日もまた、バレた気配はない。布団の中で汗だくのまま、桜屋敷は思う。うつ伏せの南城は、枕に顔を埋めたまま涙を垂らしていた。顔は真っ赤である。声を押し殺すと同時に、息を止めることもあったのだ。クラスメイトが寝ている中で抱かれている背徳感と倒錯で、脳が混乱して快楽が後押しされたこともある。それを自分の技術のおかげだと勘違いした桜屋敷が、ニヤリと笑った。
「どうだ。気持ちよかっただろ?」
薄暗い布団の中、桜屋敷が耳元で囁く。布団に籠もる汗と吐精した臭いで、南城の頭がチカチカ光った。意識が戻っても、すぐに飛ぶ。緩く桜屋敷が身体を動かすだけで、果てた身体が名残りを惜しむように快楽を手繰り寄せた。ビクビクッと南城の身体が震える。枕に突っ込んだ口から「フーッ」と絶え間なく息を零した。酸素を吸い込むだけで、声が出る。桜屋敷は調子に乗る。二人の男子高校生を飲み込んだ分厚い布団が、もぞもぞと動き出した。まるで、巨大な饅頭が布団の中で蠢いているようである。「あっ」南城が不意に声を漏らしても、同室の者が起きる気配はなかった。
修学旅行の最後の夜は、桜屋敷に抱かれて終わる。校外学習となる旅行では、ボードの持ち込みはできない。スケートができない以上、他のことで楽しむしかない。必然的に桜屋敷は観光を、南城は女子とのデートで旅行を満喫することとなった。しかも美術や芸術の鑑賞と、褐色の男子高校生に釣られる女子とデートすることは両立しない。宿泊する施設の部屋割りは同じでも、行動するグループが異なる。それでも鉢合わせして喧嘩をすることはあっても、だ。
(く、そっ!)
南城は全身が脱力した状態のまま、悔し涙を流す。教師の目を盗んで女子の部屋から生還してくれば、コレだ。脱出ゲームのような危機感を楽しんだと言葉を交わす暇もない。「とっとと、その匂いを落としてこい!」と桜屋敷に浴室へ追い払われ、滞在時間を示すコロンの匂いを落とす。キレた桜屋敷の言葉に一理はある。あのまま寝れば、教師からの追及と疑いは免れない。証拠を隠滅し終えて宿泊施設が用意した寝間着に着替え終える。「お前は神経質すぎるんだよ」少しくらい、いいだろ。そう不満を添えて悪態を口に出せば、桜屋敷がムッとする。眉間に皺を寄せて、悪態に悪態で返すいつものタイミングで。桜屋敷に腕と肩を掴まれて、南城は布団の中へ引き摺り込まれた。どうせ離れていても、喧嘩をして寝落ちするだろう。どうせ喧嘩をするなら静かに寝れるところの方がマシだ。そんなクラスメイトの思惑で、部屋の隅に二人して固められたことが仇となった。誰も南城が桜屋敷に押し倒されたことに気付かない。布団の中で暴れたとしても、いつもの取っ組み合いだと流して相手にしなかった。
同室の者は熟睡する。桜屋敷に抱かれているものだと吹聴されたくない身としては、証拠を残したくない。身体を這う性急な手付きに、興奮したこともある。次第に南城の抵抗は弱まった。小さく声を漏らせば、声を出すなと言わんばかりにキスをする。白い両手は褐色の身体を弄ぶことで忙しい。そんなに自分を求めているのかと、南城の胸の奥からじんわりと熱が湧き出してきた。
とはいえ、ケツが痛いものは痛い。ゴムの潤滑剤だけでは受けている側の快楽の享楽に一味足りなかった。穴の縁から生じるヒリヒリとした痛みに、南城は快楽と違う涙を垂らす。
「だ、まれ! 下手くそピンク!! ケツが痛いんだよ!」
「それはお前のケツが脆弱なだけだ」
「阿呆かッ!!」
胸を張る桜屋敷の返しに、心の底から罵倒で否定を送る。「お前のテクがダメダメなんだよ!!」「なんだと!?」「やるか!?」「さっきまでアンアン喘いでいた口が、なにをいう?」「お前のテクで喘いだわけじゃねーよ!!」心の中で中指を突き立てる。言葉尻は荒いが、声を抑えている。小声での喧騒だ。籠もる布団の中でしか聞こえない。浴室と違って響くこともない。
(大浴場で手を出す変態じゃないだけ、まだ良かったぜ)
心の中で、安堵の溜息を吐く。桜屋敷と平時のやり取りをしたためか、脳も冷静に落ち着いてくる。白い微睡みから冷たい現実へ意識が帰還を始めた。身体に籠もった熱も、段々抜けていく。「さっさと離れろよ」両腕で抱き締めた枕に頬を預けたまま、南城はジト目で文句をいう。「ならさっさと緩めろ。色ボケゴリラ」桜屋敷は南城の背に覆い被さったまま、やわやわと胸を揉み始めた。
遺伝子の差か。桜屋敷より南城の胸に肉が付いている。筋肉も南城が多く、体付きもガッシリしていた。スーッと中性的に細い桜屋敷の身体など、易々乗せれる。中性的に身体が細くても、男だと示す筋肉と骨格の重さはあった。預ける全体重に、肺が圧迫される。布団と板挟みにされて息苦しい。難しい顔を枕に預けた状態で、南城は不満を伝えた。
「もういいだろ。やめろって」
「気持ちいい癖に」
「あ? 誰が、誰に?」
「お前が、俺にだ。それに」
太く筋肉質な首に顎を置き、熱っぽい息を吐く。手慰みにやわやわと胸を揉み続けた。まだ揉める柔らかさは付いていないため、指で乳首を弄ぶことに繋がる。
「朝起きたら大変なことになるだろうな。なにせ、お前の布団が精液だらけだ」
「あのなッ! それはお前にも原因があるだろうがッ!! 俺を抱いたんだから、寝床を交換しろ」
「断るッ!! 隣のクラスなんか、集団でオナニーをしたらしいぞ。既に前例はあるだろうが」
「そんなヤツらと一緒にするんじゃねぇ!! どうして女がいるってのに一人で自家発電しなきゃ、んっ」
「ほう?」
睡魔に微睡んだ桜屋敷の意識が、僅かに浮上した。ムクッと起き上がり、筋肉質な太い首に顎を乗せる。プニッと指先で弄んだ柔らかさを潰した。
「女の尻を追いかけるヤツの台詞とは思えん」
「う、るせぇ。責任取って、精液臭い布団をどうにかしろよな」
「乳繰りやってる男の台詞とは思えん」
「それはそっちだろ!! この陰険ピンク!」
「俺は暇潰しに触ってやっているまでだ」
「じゃぁ、触るな」
ヒクヒクと口角が引き攣り、頬に青筋が浮かぶ。堪忍袋の緒が切れそうな南城と違い、桜屋敷は涼しい顔をしていた。「いい加減、ケツを緩めろ」肛門括約筋が緩んでない限り、人間の肛門は基本的に引き締まっている。上から目線で命令する桜屋敷に腹を立てつつ、南城は腹に力を入れた。「んっ」心なしか、中の締め付けが柔らかくなる。ふわりと包み込む柔らかさに寂寥を覚えつつ、桜屋敷は腰を引いた。ゴムの先端に、僅かながら汚れが付いていた。これに桜屋敷は不愉快さを覚える。
「ちゃんとしておけ」
「急に抱くヤツがいるかよ。自業自得だ」
「毎回俺に抱かれるために準備している癖に」
「調子に乗るなよ。自意識過剰ピンク」
布団の中で呆れ果てた。