最悪の食べ合わせ
「お前、お化け屋敷とか好きだったよな」この桜屋敷の質問に対し「女が怖がって抱き着いてくるからな」と南城は答える。聞く前から見当が付いていたのか、桜屋敷は「クソだな。お前」と罵倒を吐き捨てる。それに南城は笑うだけで、言葉にしない。元から自覚をしているのだろう。桜屋敷の言葉を流した。そうしたやり取りを過去に行ったことを、前提とする。仕事も一段落着いた。趣向を変えて、普段口にしないものを食べてみるのもいいかもしれない。そのためには、着物のままでは不都合である。桜屋敷は普段の和装から一転し、洋服を着込む。趣向を変えるのだ。音楽を聴きながらパークで滑るのもいいだろう。「カーラ、リストを」『OK、マスター』試しに今の気分に合わせたものを流してもらうと、ちょうどいい。愛する片割れに彼のデバイスへのアクセスを許可してよかった。ボードのカーラを脇に抱え、桜屋敷はパークへ向かう。そのとき、最悪なことに。南城もまた同じパークに来ていた。「げぇ!? なんでお前がここにいるんだ!」馴染みの公園で補導されかけたからとはいえず、南城は非難がましい声を上げる。「それはこっちの台詞だ!」桜屋敷も負けじと噛み付く。一番会いたくもない人物を避けるために選んだというのに、何故出会うのか? 運命とは残酷なものである。ボードで滑ったりトリックの練習をしたりするパークでいがみ合い、喧嘩をし、普段の〝S〟と変わらない。不意に「お前のせいで台無しだ」と桜屋敷がいう。「なぁにが台無しだ。ドケチ眼鏡」南城も一歩も引かず言い返す。台無しになったのはこっちだ。その不服な態度に構わず、桜屋敷はいう。
「ピザを食べる気分じゃなくなった」
「あっ、そう。だからその格好かよ」
「ついでにスケートのみに集中できる。人目を気にすることもないからな」
「カーラで大バレなんじゃねぇの」
「知ってるのは〝山〟にいる連中だけだろ」
暗に「黙らせれば問題ない」と返事に含ませる。高校生の頃から変わらない直球なやり方に、南城は呆れた。「じゃあ」話を切り出す。
「暇ならちょっと付き合えよ。いくつか試してみたいもんあるし」
桜屋敷は目を小さくする。高校生の頃も、南城の料理の試食に付き合わされたものだ。あの頃は、見つかるたびに引き摺り込まれ、延々と同じ品を食わされた。イタリアの地に修行に行ってからは、負のサイクルが解き放たれる。例え試食に付き合わされようが、延々と同じ品を食べさせられることはなかった。
加えて、タダ飯にありつけられる。南城の料理の腕を知る桜屋敷は、二つ返事をした。
「いいだろう。乗ってやる」
空いた小腹にちょうどいい。上から目線で返事をする桜屋敷に「何様だ。お前は」と南城はジト目で返す。軽口を叩き合い、道中で買った飲み物で渇いた喉を潤し、南城宅で寛ぐ。「適当な布はないのか。カーラの手入れにいる」「一々拭くのかよ。って、それは俺のだ!!」なにも使われてなさそうで比較的清潔なタオルは、ポイッと洗濯籠に捨てられる。「カーラ、オススメ」『ジョーの検索履歴を読み込み中』「おい。人のプライバシーを勝手に覗くな!!」リモコンを操作する桜屋敷に、南城がキッチンから突っ込む。料理が出来上がるまでは暇である。メンバーシップが切れかけているとの画面を前に、桜屋敷は手持ちのスマートフォンを操作した。無線からアクセスを試みるカーラが、サブスクリプションが配信する映像作品の一覧を検出する。『ジョーの好みを排除します』映画の好みも反りが合わなかった。
「見るもんないのか? なら、これを見てみようぜ。なんか話題になってるんだとさ」
「くだらん。お前が好きな類だろ」
「俺が好きなのは、お化け屋敷とかいう体験型だ。映画は別」
映画館で激しい動作はできない。しても精々手や腕を握るだけであり、外で歩き回るほどの密着は味わえない。「96時間」「スパイダーマン」前者は推理を働かせる楽しさを見出し、後者はエンターテイメントのメタバースを楽しめる類だ。同じジャンルであれど、求める映画の傾向は異なる。「じゃ、これにしようぜ」「あ?」桜屋敷の意見を無視し、南城は強引に最初のものを選んだ。気付きと威圧が母音の一言に籠る。映像が流れ、次第に食べる手が止まった。口にできるのは飲み物だけである。(げぇ。こんなタイミングで見るもんじゃなかったな)南城は軽く後悔する。食事に似つかわしくない映像が何度も流れた。まだ口にできるものといえば、ポップコーンくらいである。
「お前、こういうのが好きなのか?」
疑問に思う桜屋敷の質問に答えることもしない。というより、南城は答えたくもなかった。女との話題作りで閲覧したとはいえ、コメントがしにくい。彼女たちに話題を振られたら、どう答えるべきか? そもそも自分を好む類の女は、この手の映像を見ないのではないか? 南城の頭に疑問は尽きない。
「肉だったら最悪だな」
「誰だって予想付かねぇだろ。カーラであっても、想像できなかったんじゃないのか?」
『作品データがライブラリーにあれば予測可能です』
「カーラ。ゴリラの相手をするな」
『OK。マスター』
「誰がゴリラだッ! 食事をするときは、それに合う映画が一番かね」
『検索中』
「金曜ロードショーは、その点優れているな。担当が変わったことで均一に作品が放送されることになったらしいが、ゴリラとは全く違う」
「あ? ただ飯食っておいてよくいうぜ。お前が選んだのだって、食事中に見る類のもんじゃねぇだろ」
「アレよりはマシだ。そもそも」
次は桜屋敷がジト目になる。
「ホラー映画を流しながら食事をするなんざ、ゲテモノの食い方だろ」
「あれは事故だ!! ま、まぁ、味はそこまで変わっちゃいな」
「冷めている。センスが最悪だ。ぼんくら」
「俺の趣味じゃねぇよ!! 文句があるなら勧めたヤツにいえ」
「食ってる最中に見るもんだとでも?」
「うるせぇなぁ! お前は一々細けぇんだよ!! 重箱の隅ピンク!」
「なんだと!?」
「やるか!?」
「受けて立とう」
冷めた料理はテーブルに、立ち上がった膝はテーブルの角に当たらず、両者の額だけがかち合い摩擦熱を起こす。ピキピキと青筋が立った。
結局料理は出来立てが一番美味しかったし、電子レンジで温めてもそれなりで、改良が少し必要となった。「味がくどい」すっかり冷めきった料理を食べ、桜屋敷は駄目出しする。「そうかよ」ベッドから起き上がれない南城が、恨み言を籠めて返す。抱かれる側は乱暴に扱われると、その分ダメージがデカい。手強い相手に抱かれた南城が腰を擦る。スリープモードで稼働していたカーラが、目覚める。
『三件ヒットしました』
ボードの状態でプロジェクターの機能を起こした。その空中に表示されたリストを見て、桜屋敷はリモコンを操作する。(あー)(これは作り直しを要求されるな)事後の怠惰で面倒臭く思いつつも、頭の隅ではレシピの改良点を考える。腐ってもシェフだ。どうにか起き上がろうとするが、起き上がれない。全身の倦怠感は手強い。
「おい。そこのゴリラ。いつものおかわりはどうした」
「うるせぇ。腐れ眼鏡」
頭を抱えた。