鮭と茸のホイル焼き

 南城は鞄を持たない。財布は尻のポケットに突っ込み、時たま裸銭をレシートと一緒に取り出す。「お前に任せられるか!」激怒した桜屋敷が、自ら財布役に買ってでた。最悪カードを渡したところで、汚されるか紛失するかの二択に決まっている。金銭の管理が緩い南城に、桜屋敷は敵意を剥き出しにする。(こりゃぁ、煩い小言が四六時中付き纏うな)南城も南城とで、嫌そうな顔をしていた。向かうは近くのスーパーである。桜屋敷が「腹が減った」やら「なにか作れ」と要求を投げるためである。「お前んとこの冷蔵庫、なにもないじゃねぇか」南城が毒づく。料理に使えるものなどなにもない。「買いに行け」それが人に物を頼む態度か。南城は苦い顔をして毒吐いた。そこから最初のやり取りに戻り、今に至る。店頭にチラシが積まれており、桜屋敷がチェックする。「今日は野菜が安いらしいな」安くても鮮度がある。「俺が材料を選ぶからな」南城は自分でカートを押した。「当然だろう」後ろで桜屋敷が胸を張る。どうしてこの男は付いてきたのか? 本当に財布を出す以外に働かないのだろうか。南城は疑念を抱く。体長一八〇センチを超す人間のために、スーパーはあつらえられていない。少し首を伸ばせば、商品の上にある在庫や棚の反対側にあるものが見える。「なにかサッパリしたものが食べたい気分だ」後ろで桜屋敷がオーダーを出す。「ガッツリしたものでなくて大丈夫か?」買い物に行く前にしたことだ。体力が減っているに違いない。「俺をなめるなよ。筋肉ゴリラ」機嫌を悪くした桜屋敷が罵倒の文句をいう。「ガッツリしたものを食いたくなったら、食べに行く」「俺の店にか?」どうせ閉店後か準備中、営業中に来るものだ。今作ってもさして変わらないだろう。「いいや。肉を食いに行く」南城の好意を無碍にする言葉だ。食材を見繕う南城がムッとした。「なら作ってやらねぇ」ステーキ専門店に行くと暗に口にした桜屋敷は、目を丸くした。
「は? お前が? 俺に作ってやらないと? 馬鹿いうな。今のお前の腕がここまで上がったのは、誰のおかげだと思っている?」
「阿呆か! 俺がイタリアに修行へ行ったからだ」
「馬鹿いえ。そこまで俺がお前の料理を見てやっただろう。用事があるというのに無理に引き摺りやがって」
「お前だってまだ作ってる途中でつまみ食いしただろうが!!
「あれは別だ!」
 ギャアギャアと大勢がいる前で喧嘩をする。表の世界で公然の場、ここで喧嘩するなど大人げない。だが、面子を気にすることより相手に噛み付かなければ気が済まない。「このタラシゴリラ!」「陰険眼鏡!」「ぼんくら!」「すかたん!」「筋肉ゴリラ!!」最後に力強く南城の足を桜屋敷が踏んだ。途端、南城が痛みに大きな声を出す。「この狸眼鏡!!」面子を思い出させる文句を南城がいう。「ボケナス!!」桜屋敷が南城の横腹に肘を入れる。明らかに暴力で距離を離そうとした。「卑怯眼鏡!!」思い通りにさせるものかと、南城は磁石のように桜屋敷に戻った。互いに顔を突き合わせて言葉で噛みつき合う。もうスーパーの中は阿鼻叫喚だ。この成人男性二人の存在で、ひそひそと不安な空気になった。ガミガミと互いに相手を罵りながら、買い物カゴに食材を入れる。なんだ、同棲しているのか。仲が良いじゃないか。ひそひそ不安で警戒していた周囲は、ホッと胸を撫で下ろす。それは勝手な誤解であることを、彼らは知らないでいた。
 桜屋敷と南城は喧嘩を続ける。鮭ときのこのホイル焼きになるかは、シェフの一手に任せられていた。桜屋敷の舌と南城の頭しか覚えていないことであった。