17:00
市販品の墨汁を使うコースであるので、本日の書道教室は終わるのが早い。それもそのはず、拘束時間が短ければコースの料金も低いからだ。他と比べて価格が安いといっても、受け付ける人数が増えるわけでもない。
元気な子どもたちの相手に疲れた桜屋敷は、ささやかながらカーラとのデートを楽しんだ。近所をボードで滑るだけである。クルージングだ。ただ、板に乗って平面を滑走するだけでも気分転換になる。横断歩道の手前に差し掛かり、桜屋敷は減速を始める。そこから人が多くなるのだ。カーラの安全性を考えたら、抱いて持ち運ぶ方が安全である。
袂から懐紙を取り出し、カーラに付いた汚れを拭う。汚くなった面が内側に籠るよう折り込み、帯の見えないところに差し込んだ。それを歩きながら行い、横断歩道の前に立った。信号が黄色に変わる。赤が点灯し、下に緑色の矢印を出す。まだ横断歩道は青に変わらない。まばらに人が集まり出す。保育園の送迎を徒歩や自転車で行う保護者も見えてきた。労働から解放されたいと願う社会人の姿もあった。それら群衆に紛れて、頭一つ分高い緑色がある。褐色だ。(まさか)直感よりも視線が早い。食べ歩く南城の姿を見つけた桜屋敷は「げぇ!」と声に出した。テイクアウトしたものを食べていた南城も、声に釣られて向こうを見つける。「げ!」桜屋敷と同じように顔を歪めた。信号機が青に変わった途端、桜屋敷がツカツカと横断歩道を渡ってきた。機械を大事そうに抱き締めている癖に、顔は険しい。眉間に皺を寄せ、眉を吊り上げている。「貴様ッ!」地を這うような声を出し、忌々しく南城に詰め寄った。コンッ、と取り出した扇子の角で、南城の胸を叩く。
「良い御身分だな? 店をほっぽり出して一人だけ楽しむとは」
「気分転換だよ。お前も人のこといえない立場じゃないのか? 横着眼鏡!!」
「なんだと!?」
「やるか!?」
「今度のビーフで身の程を知らせてやる。覚悟しておけ!」
「そっちこそ覚悟しておけ!!」
「真似するな!」
「そっちこそ真似するんじゃねーよ!!」
待ち合わせをしたでもないのに、タイミングが悪い。往来の場だというのに、喧嘩を始めた。以前は見つけても、ここまで活発に口論を繰り広げなかった。先の二言の会話で終わる。そこからビーフへ話が広がったのは、あの高校生たちによるところが多い。暦とランガが二人してスケートを楽しんだからこそ、人前で南城と桜屋敷は素を出して喧嘩するようになった。それと、桜屋敷のサイン会で「あほんだら」「南城虎次郎くんへ」と笑顔で喧嘩を売られたことも大きい。あの一件は、大きなキッカケとなった。
いがみ合う大人二人に、通行人は距離を取る。「ママー、あれなにー?」「パパー。喧嘩してるよ?」保育園から帰る子どもが、保護者に尋ねる。誰もが全員「シッ、見ちゃいけません!」「多分仲直りするだろうから、大丈夫だよ」と話を逸らした。喧嘩は続く。横断歩道の前で、うーうーと唸り合った。
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