若気の至り

 最近趣味で始めたことなのか。南城は料理中に鼻歌を歌うことが多くなった。試食係に捕まった桜屋敷は、これをつまらなさそうに見る。力を入れ始めた料理を食べてみれば、胡椒が効きすぎている。「くどい。黒胡椒と塩が多いせいで、チーズとパスタの味が最悪だ」「くっ。量が多すぎたか」「まだボソボソ感が残っている」「難しいなぁ。流石本場イタリア人でも難しいとだけあるな」一人で頷く。それならそうと、お前が残りを食べろと。桜屋敷が鋭い目付きで訴えれば、南城も作った一人前のパスタを食べた。転がるレシピは二人分の量しかない。「うわっ、まず」自分で作った料理を食べて、南城は顔を顰めた。
 そうした練習に付き合わされる回数が増える度、南城の鼻歌を聞く回数も多くなる。「バンドでも始めるつもりか? ベルトじゃらじゃらピンク」「お前には関係ない。服ぶかぶかゴリラ。俺はスケートとプログラミング以外に興味はない」「だったら、なんで楽器なんて見てたんだよ」呆れる南城の質問に答えようとしない。料理の度に鼻歌を歌うからか、桜屋敷の頭から離れなくなる。真夜中のスケートと非行のときでも、考えることが多くなった。
 誰も使わない廃棄されたスタンドにて、愛抱夢が気付く。
「バンドでも始めるつもりなのかい?」
 覗き込んだ愛抱夢に気付き、ハッと振り向く。「あぁ」桜屋敷の口が動く度、銀色のピアスが上唇に触れる。
「最近、鼻歌を聞くことが多くてな。どうしたら止めさせられるものかと考えた結果」
「ふむふむ?」
「思いっ切り邪魔をしてやることで、気分を害して止めさせる方が早いと気付いた」
「相手はジョーというわけだね? それ、本人に直接いってやらないのかい?」
「ゴリラに人間様の言葉は通じないと思うぜ。愛抱夢」
「聞こえてるぞ! 陰険ピンク!!
「聞いてくれそうじゃないかい?」
「はぁ。おい、虎次郎。お前、料理中の鼻歌をやめろ。耳障りだ」
「だったら耳を塞いで待っていろ。腐れ眼鏡!! それで楽器とか見ることが多かったのかよ」
「シンバルとトライアングル。どちらがいいか選ばせてやる」
「住宅が密集した感じで考えると、トライアングルが一番被害が少ないね」
「なんで鼻歌にトライアングルなんだよ」
「シュール性が増していいな。流石愛抱夢。アドバイスも的確だ」
「って、お前は納得するなッ!!
 ったく、あぁもう。といわんばかりに南城は頭を押さえた。愛抱夢は満更でもないし、桜屋敷は聞く耳を持たない。南城はボードのテールを地面へ接地させた。「そんなことより、滑ろうぜ」「逃げるな。馬鹿ゴリラ。料理中の鼻歌を止めろ」「ちょっとやってみただけだろ!! いつまでもうるせぇなぁ! この重箱隅突きピンクはッ!!」「なんだと!?」「本当に、ちょっとしたつもりで始めたのかな?」「愛抱夢までやめてくれ! お前だって私服がアレな癖に!!」「お前だってアレだろ! 服ぶかぶかゴリラ!!」「色々とあるんだねぇ」同級生と腹を割って話すことが少ない愛抱夢は、しみじみと桜屋敷と南城のやり取りを眺める。生家で厳しい教育を受けている身、同級生と休みに私服で遊びに行く機会もない。珍しそうに桜屋敷と南城のやり取りを見る。
 ちゅーっと紙パックからプロテインを飲む。コンビニで買えるものだ。バニラ味であり、決して辛くない。何故わざわざそれを選んだかについては、幼い頃にスケートを教えてくれた菊池の顔が思い浮かんだからである。
 ──「スケートには筋肉が必要らしいですので、プロテインも飲んだ方がいいと思います!」──あんな溌剌とした顔は、今では陰気いんきな男の顔になっているが。
 そんなことを思いながら、厳しい生家の教えを破った腹ごしらえをした。
「チェリー、ジョー。今度行く場所についての計画なんだが」
「今行く!!
 社会を挑発する次の標的について話し合おうと声をかければ、ピッタリと声を合わせて返ってくる。襟首を掴んで頭突きもしたからか、その周辺の身なりがボロボロだ。南城に至っては、額に激突した痕が残っていた。
「それで? 爆竹とか花火とかも用意した方がいいか?」
「花火?」
「爆竹が一番手軽だろ? 使うなら爆竹だな」
「二人とも、結構悪いことに詳しいね」
 僕は知識でしか知らないけど。との一言は胸の内に留めておくことにした。歴史にある学生運動とは程遠い、ただの若気の至りで起こした非行である。笑い事では全然ないが。
 ジャンクフードを食べ、次の計画を考えた。