フェリーにて船を漕ぐ
またしても行き先が被った。行きの船も同じである。「飛行機を使わないのか?」「先方の気遣いだ。ド阿呆」ボールを投げて、投げ返して、受け止めて終わる。会話は一回だけで終わった。運の悪いことに暦たちも乗り合わせており、南城がナンパを仕掛ける前に先手を打たれた。ミヤである。もう少しで成功しそうなときに、子どもとして現れて猫被りを使われた。「やめてっ! パパを奪わないで!!」これで良識ある女性たちは軽蔑する。南城がナンパする若い女性たちは良識があるので、子持ちの南城に蔑視を送った。「いやっ、ちが! この、離れろって!」抵抗する南城に冷たい視線を投げ、女性たちは波が引くようにその場を離れた。よって、今日の成果はボウズである。桜屋敷はナンパに興味などないので、比較の対象にならない。「カーラ、到着まであと何分かかる。フフッ、そうか」愛機の人工知能カーラと楽しそうに会話をしている。「このロボキチ」と南城が突っかかろうとも、相手にしない。コツンと肘で小突けば、桜屋敷が反動を付けて肩で突き返してきた。「この!」「お前がやってきたんだろう!!」いつかの逆だ。幼い頃は桜屋敷から仕掛けることが多かったが、今では南城が仕掛けることが多い。「あーあ。またいつものだ。クレイジーロックじゃねぇのに」「あ、またチェリーとジョーが喧嘩してる」「あの大人たち、本当飽きないよね」「この前なんて、またジェンガの勝敗で喧嘩をしたって聞くぜ」クレイジーロックで行う喧嘩の内容で、山を降りたらどのような付き合いをしているかも外に漏れる。それを当人たちが気付く由もない。「カーラ! この前のゴリラの採点をしてやれ!!」「卑怯だぞ! 卑怯眼鏡!!」『五十六点です』「成長のないゴリラめ!」「それをいったらお前もだろ! 陰険眼鏡!!」「なんだと!?」「やるか!?」「受けて立とう」飽きもしない。
ピキピキと青筋を浮かばせて頭突きをしたあと、互いに離れた。クールダウンである。
スマートフォンを触る南城が「あっ」と気付いた。
(しまった。充電がヤバい。このままじゃ、移動している間に切れてしまうな。おっ)
目を小さくする。桜屋敷のスマートフォンに、充電コードが繋がれていた。あのカーラのバッテリーを持ち歩く眼鏡のことだ。きっとスマートフォンの充電バッテリーに違いない。そうっと画面を覗き来んで充電のマークを見たあと、バッと引き抜く。「は?」固まる桜屋敷が低い声で聞き返すが、無視する。
長いコードに甘えて、南城は自分のスマートフォンに充電コードを刺した。
橙色の残量が、雷マークと一緒に緑になる。ホッと一息吐きつつ、硬直する桜屋敷にいう。
「充電、借りるぜ。いつも俺の店でカーラを充電しているんだ。少しくらい、いいだろ?」
「あ?」
「とりあえず、九十パーセントくらいまでなったら返すぜ。それでいいだろ?」
なっ? と交渉の成立を求めれば、ポカンと口を開けた桜屋敷と目が合う。曇った眼鏡の上で、眉が鋭く吊り上がる。返答を待つこと、数秒、スッと高く吊り上がった眉が緩んだ。鋭い目尻も、物腰が穏やかそうに垂れる。目も閉じ、口も閉じて口端を上げる。ニコリと笑いかけた。
この桜屋敷らしからぬ行為に、ゾクリと南城の背筋が粟立った。動揺を隠しつつ、桜屋敷に噛み付く。
「な、なんだよ。お前だって俺の店から電気を食う癖に!」
「一回、百億」
「はぁ!?」
「俺のバッテリーを勝手に使った代金だ。阿呆。あぁ、貧乏ゴリラには払う金もなかったんだったか。ならば、今までとこれからのカーラの充電代で勘弁してやろう。俺の寛大な心に感謝をするがいい」
「誰が感謝するかッ!! そもそも、うちの電気代とスマホの充電一回分だと額が違うだろ!! 十倍くらい!」
「阿呆か。厳密に計算すると、カーラ」
「カーラを使うな!! そもそも、額を吹っ掛けすぎだろ」
「大抵そこから額を落とせば、向こうは要求を飲むんだがな」
「そーかよ。この守銭奴」
「最低ゴリラは黙ってろ」
お前は本当相変わらずだ、だとか、性根でいえばお前も人のことをいえない立場だろうが、だとかいうことを、たった一言で終わらせる。南城は頬杖を衝き、桜屋敷は腕を組む。顔を胴体と同じ真正面に向ける桜屋敷と違い、南城は顔を反らしていた。犬猿の軽口は、ここで終わりである。
甘噛みを終えた前で、暦が気になる女の子へ声を掛けようと挑戦する。青年の勇気は悲しくも、実を結ぶ前に砕かれた。この様子を見た南城が「ハハッ」と笑う。人間、誰しも失敗はある。男なら尚更だ。ナンパに失敗した暦を元気づけようと、南城が立ち上がる。保護者と子どものグループへ向かう南城を、桜屋敷はなにもいわない。寧ろ、日陰から出ようとしなかった。──日向の紫外線は、白い美肌の天敵である──。桜屋敷は座りながら、仮眠を少しした。『十分後に起こします』カーラが小刻みなアラームを送ると伝える。桜屋敷は脳内で、肯定を返した。すぐに眠りに落ちる。
アドバイスする南城の発言で「えぇ!?」と暦が困惑し、驚く。(お前みたいな脳筋ゴリラでもない限り、誰だってそのような反応をするに決まっているだろうが。阿呆が)胸中で、罵倒を吐く。
桜屋敷の頭が、コクンと船を漕いだ。
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