深夜三時の行儀の悪い食べ方

 愛抱夢から一方的に縁を切られ、それぞれの進路に進む。桜屋敷はプログラムの勉強をするために島を出て、南城は料理の修行のために国を出る。そんな予定だと互いに知ったまま、南城の家で夜更かしをした。桜屋敷が両親の不在を忘れ、鍵を家に置き忘れたためである。深夜のスケートをしたので、腹は減る。「作る暇なんてないからな」ジト目で南城が釘を刺す。桜屋敷も、夜更けに腹に重たいものを食べるつもりはない。「なにがある」「カップラーメンが一個だけだ」沈黙が降りる。「寄越せ」桜屋敷が切り出す。「断る。ここは俺の家だ」南城が正論で突き出す。ぐぅと腹の音が鳴り、渋々一つのカップラーメンを二人で分け合うことにした。「一口がデカすぎる。馬鹿ゴリラ」「俺ん家が買ったものなんだから、俺が食べたい一口で食べるんだよ。陰険ピンク」チュルッと麺を啜り終えて、桜屋敷に渡す。温かいカップラーメンを受け取った桜屋敷は、箸が許容する限りの幅を一度に掬った。「あ! このッ、卑怯だぞ!! 卑怯ピンク!」「先に仕掛けたのはそっちだ。俺のは正当防衛だ」ズルルと勢いよく麺を啜る。カップラーメンを奪われないように向けた背に、南城はプルプルと拳を震わせた。「こ、この!」今取っ組み合いを始めたら、貴重なラーメンが零れてしまう恐れがある。南城は辛酸をなめるしかなかった。頬が入る限界まで頬張って、モグモグと咀嚼し終えてペロリ。桜屋敷は麺を食べ終えると、南城に残りを渡した。「んっ」声に出して、渡す素振りをする。すっかり少なくなった麺に、南城は渋い顔をした。苦々しい顔で、桜屋敷を横目で見る。条約を破り返した当人がペロリと舌なめずりをしたことを見て、南城は行動に出た。「あ!!」桜屋敷が今日一番大きな声を出す。最近では滅多に聞かないほどの声量だ。それを無視して、南城は汁と一緒に掻き込む。──ラーメンとは、汁と一体化している──。無事完食すると、怒る桜屋敷が襟首を掴んできた。
「この阿呆ゴリラ!! 俺の分まで食いやがって!!
「既に三回分くらいは食ってただろ! あの量で!! 最初から思いやりを持てば、こうならなかったって話だ」
「誰がゴリラになど気を遣うか」
「なんだって?」
「類人が同じ立場だと思い上がるな」
「あ!? やるかッ!?
「望むところだッ!!
 キレた南城に桜屋敷も同時にキレる。「勝負は、これだ!」空になったカップラーメンが、中立地帯と化す。そこから一歩も踏み込まないよう、桜屋敷は勝負の内容を見せた。持ち出した内容に、南城は怒る。身を乗り出すものの、中立地帯にしたカップラーメンが倒れないよう、ドンッと床を叩いた。
「って、そんなの誰が知るかッ!! お前の得意分野で勝負をするな!」
「受けた方が勝負の内容を決める。当然だろう」
「じゃねーよ。あーあ。食べたあとに体力使わせやがって」
「俺の方が体力を回復していない。どこかの馬鹿が汁まで全部飲みやがったせいでな」
「お前が大量に食うからだッ! ドケチピンク」
「最初に多く食べ始めたのはお前の方からだ!! あー、腹が減った。どこぞのゴリラのせいで餓死しそうだ」
「人間そう簡単に餓死しねーよ。なにも食ってないわけじゃあるまいし」
「食料のない状態で一週間、水がない状態だと三日までしか不可能」
「あー、そう」
 律儀に人間の生存の限界を教えた桜屋敷に、適当に相槌を打った。ガサゴソと漁れば「おっ」と確かな手応えがある。「なんだ」桜屋敷が中立地帯のカップラーメンをシンクの中へ落とし、南城に尋ねる。
「いいものがあった」
「というと?」
「どうっしようかなぁ。教えるか、教えないでいるべきか」
「勿体付けてないで、さっさといえ」
「情報料、百万」
 冗談めかし込んで金額を吹っ掛ければ、桜屋敷が無言で南城の背中に隠していたものを奪う。引っ張られる感覚に、手の力を緩めた。「ちぇっ、ノリの悪いヤツ」無抵抗で渡したことも、南城の策の内だ。全て、見つけたものを無傷でいさせるためである。
 腹を曲げた南城から手に入れたものに、桜屋敷はキョトンとする。
「なんだ、これは。情報百万もの価値はないだろ」
「食糧難のときなら、値千金に匹敵する量だろ」
「それはそうだがな」
「って、いいながら破くな! 俺が一番に食べようとしたのに」
「どうせ爆発するだろ。おっ、できた」
 ──ポテトチップスを繋ぎ目に向かって割くと、最悪爆発する恐れがある──。それを起こすことなく、桜屋敷はポテトチップスの袋を解体することに成功した。
 大袋であるのだから、量も幅も当然デカい。小腹の空いた男子高校生が平らげるには、充分な量だ。量を競って食べたカップラーメンを食べた分を差し引いても、充分である。
 床に広げた銀色に重なる山に、南城は手を伸ばす。
「うん、最高だな」
「俺はコンソメか薄塩が良かったんだが」
「ワガママいうな、居候」
「誰がお前の家に居候したか」
「今」
「お前だって俺の家に居候した癖に」
 たった一晩滞在しただけのことを『居候』と形容し、互いに意地を張り合って一歩も譲らない。譲渡をしない間にも、ポツリポツリとポテトチップスは減っていく。
 行儀の悪い食べ方で、深夜三時の台所で小腹を満たした。