甲斐甲斐しいトラ
桜屋敷の寝起きは悪い。カーラのアラームが三回鳴っても、中々起きない。寝起きの良い南城とは正反対だ。毎朝きっかり、七時前には起きようとする。腰が痛い日には一〇分前後はずれ込んだ。軽く身体を洗って着替えたあと、ルーチンのジョキングをする。誰も男に抱かれただろうとは思わない。睡眠で休んだ筋肉に程よい刺激を送ったあと、帰ってプロテインを作った。桜屋敷のものとは、少し違う。冷蔵庫に入れた材料を見繕い、ミキサーを作る。牛乳とバナナとプロテインの粉。どちらも良い筋肉を育ませることに欠かせない。即席で作ったプロテインを飲んだあと、汗をかいた身体を洗った。計二回のシャワーである。寝起きは昨晩の痕跡を洗い流すため、二回目は汗を洗い流すためだ。(とりあえず、タオルとか洗ってやるか)布団を捲り、ズルリとバスタオルを引き抜く。何重に重ねても、粘度の高いジェルが生地に染み込むことがある。数時間も経ったのに、まだ湿り気が残るところもあった。(これは、手洗いしないとな)なんだって、相手の家で洗濯をする必要がある。抱いた住人が洗えという話である。それでもしてしまうのは、南城が甲斐甲斐しすぎるせいか。洗面所でジェルを洗い流したあと、洗濯機に放り込む。桜屋敷家の洗い物は少ない。高い着物は殆ど、専用のクリーニング店に洗濯を頼んでいる。面倒臭いのか、洋服も着物と一緒にクリーニングへ出すことがあった。唯一洗濯機を使う場面があるとすれば、タオルやバスタオルを洗うときである。もしくは〝S〟のコスチュームを洗うときにも使うか。雑に洗ったバスタオルを放り込むと、まだ洗濯機に余裕がある。ついでだから、布団のシーツも洗うか。自分たちの汗が染み込んだカバーを剥がしにかかった。
ゴロン、と桜屋敷が畳の上に落ちる。南城と違い、着る余裕はあったのか。下着と寝間着の浴衣を身に着けてはいる。そのおかげで全裸のまま布団から出ることはなく、就寝を続けている。
布団本体は日干しに掛ければいい。枕を桜屋敷の頭の下に差し込み、敷布団からカバーを剥がす。自慢の筋肉を使い、本体を日の当たるところに固定した。掛け布団も外す。優しさからか、この本体は眠る桜屋敷の身体にかけた。
回収したシーツを洗濯機に入れ、纏めて洗う。洗剤と柔軟剤は目分量だ。後でガミガミと桜屋敷が怒鳴るかもしれないが、知ったことではない。そこまで不満をいうのであれば、自分で洗えという話だ。
大雑把に洗濯をし、キッチンに立つ。簡単に朝食の準備をしていれば、桜屋敷が起き出した。
枕から頭が落ちたのか、頬に畳の痕がある。
「眠い」
「寝すぎだ。阿呆眼鏡」
寝起きの鼻の詰まった声に、そういう。未だに眠い桜屋敷は目を擦り、食事の席に着いた。なにも用意されていない。コクリと舟を漕ぎ、額をテーブルに預けた。そのまま寝る。これに南城は呆れた。
「寝るなら、布団に戻れ」
「消えた」
「敷布団なら、今干している」
「クソゴリラ」
「起きないお前が悪いんだろ。カーラに呆れられるぞ」
「類人が俺のカーラの名前を口にするな。タラシゴリラの原始人がッ!!」
「寝起きもあるとはいえ、柄が悪すぎるだろ。薫。狸眼鏡のファンには見せることはできないだろうな」
「さっさと飯を作れ。軽いものだ」
「本当ッ、この殿様眼鏡はよ!」
寝惚けながらも命令する桜屋敷に、南城はキレる。そして即席で作ったサラダを出してあった。シェフのこだわりが出ている。それを、桜屋敷はフォークを動かして食べた。寝起きの腹に、ちょうどいい。シャキシャキの野菜が、水分とともに脳を起こした。
「ふむ。以前よりはマシになっているな」
「当たり前だろ」
高校生の頃を引き出す桜屋敷に、そう返してやった。
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