遥かなる青春の1ページ

 ファミリーレストランというものは、非常に便利な存在である。夜遅くにも営業しており、注文すれば飯が出てくる。ドリンクバーを頼めば、それだけで長時間いることもできた。「今度の襲撃場所はさ」「次はこうしようぜ」「あそこを襲うのも面白いよな」若気の至りで犯罪を匂わせることを話す。愛抱夢に触発されてから、過激な発言が多くなってきた。特に止めないが、桜屋敷は犯罪行為よりスケートをしたい。ボードで滑りながらのついでで、警備員なりを挑発するだけで良かった。社会人の大人を揶揄うスリルが、スケートのついでで楽しいのである。なので愛抱夢が提案する限りは、桜屋敷も止めない。寧ろ悪ノリに乗る。一方、南城は彼らの発言に危機感を募らせていた。愛抱夢はスケートが上手いので、上手に逃げることができるだろう。しかし、自分より練度の低い彼らはどうだ? 恐らく警察に捕まって、事情聴取を受けるだろう。「あんまり、そういうことは大きな声でわない方がいいと思うぜ?」おどけていう。南城が女をナンパするときに近い口調であったから、過激な発言をした同級生は笑う。南城が冗談でいったと捉えたからだ。「あぁ、小物っぽく見えるもんな」「でも、愛抱夢と会うまで計画を立てた方がいいだろう?」最早スケートより、犯罪行為を楽しんでいる。これは危ないな、とチームを率いる桜屋敷と南城が思った。談笑を遮るかのように、桜屋敷が立ち上がる。「ちょっと飲み物取ってくる」なんの予兆もなしに離れた桜屋敷に、メンバーが静かになる。空気が崩れた気配を感じつつも、南城も立ち上がる。「俺も。ちょっと新商品を作ってくるとするかな」ジョークを交えた南城に、メンバーはドッと笑った。「おいおい、マジかよ」「今度はなにを作るつもりなんだ?」戻った談笑の空気に南城も笑い「それは作ってからのお楽しみだな!」と、ニパッと笑った。
 ドリンクバーに行く。桜屋敷は、インスタントのコーヒーが出てくるまで待っていた。コカ・コーラの各商品でグラスの層を作る南城に、ゲッと顔を歪める。
「こっちに来るな。馬鹿ゴリラ」
「喉が渇いたんだよ。阿呆ピンク。ドリンクバーといえば、普通にコレだろ?」
 目を閉じ、南城はマドラーで掻きまわす。南城お手製のミックスジュースだ。全てはドリンクバーで作られている。それを一口飲み、顔を反らした。「まずっ」小さく吐き出した感想に、桜屋敷は鼻を鳴らした。
「阿呆ゴリラが。責任取って、全部飲めよ」
「こうしようぜ。薫。今からビーフをして、負けた方がこれを飲む」
「馬鹿馬鹿しい。誰が乗るか」
「俺に負けるのが怖いのか? 重箱隅突きピンク」
「あ!? コロスぞ!」
「なら受けて立つってことだよなぁ!?
「阿呆かッ! なんだって俺がお前の失敗作の処理をしなければならないんだ。自分で飲め」
「ちぇっ。自分で作ったときは、俺に勝負を持ちかけた癖に」
「馬鹿ゴリラとは違うんだ。馬鹿ゴリラとは」
 そういって、話を終わらせる。腕を組み、胸を張った状態で目を閉じる。これ以上話を聞かない素振りだ。「そーかよ」身を引いた南城が、呆れたように呟く。クイッとグラスの中を飲む。ドリンクバーの配合を間違えたドリンクは、相変わらず奇妙な味がする。苦い顔をしながら、もう一口飲む。料理をする身の上、この失敗を身体に刻んだ。
 失敗作を飲む南城の横で、桜屋敷が抽出し終えたインスタントのコーヒーを飲む。不味い。反射的に顔が歪んだ。舌も出る。だからといって、カフェオレにするなど言語道断である。ミルクも入れてなるものか。自力で飲み干した。
 新しくグラスを取り、冷たいジュースのボタンを押す。
「あっ。薫、それとそれを組み合わせるのがオススメだぜ。すげぇ美味い」
「阿呆か。黙ってろ。色ボケゴリラ」
 いわれるまでもなく、知っている。慣れた手付きでボタンを押し、目分量で配合を行う。南城と桜屋敷で見つけた、美味しいミックスジュースである。いつか愛抱夢と来たときに教えたい。桜屋敷はそう思う。単体の商品で口直しする南城は、そんな思いにちっとも気付かなかった。
 すれ違いが起こる。けれども、愛抱夢とファミレスへ行く機会などない。たった一瞬で生じた亀裂の予兆は、一度も衝突することなく綺麗に消え去ったのであった。