4. 食堂で迫られた選択

「チェリーもジョーも来月からいなくなるならさ、纏めて送別会にした方がよくね? えっ、喧嘩をしそう? でもさ、別々にやったら余計喧嘩しそうじゃね? どっちが先に開いてもらったー、でさ。それなら、纏めてやった方がまだ良さそうじゃね? 費用も少なくて済みそうだしさ!」
 レキとスノウ、MIYAがそう話しているところに出くわしてしまった。南城はあわやというところで身を隠し、息を潜める。ここで当人が出てしまっては、話がややこしいだろう。三人が場を離れるまで待った。「愛抱夢とかは参加しないの?」「部下が退職する上司を見送るようなもんだから」「人数は?」「うーん、会場貸し切りは必要ないと思う」「本当に?」「多分」レキが自信なく答える。ジョーとチェリーと親しい相手に限定すれば、それほど数はいらないだろう。思い当たる人物を、南城は頭の中で挙げる。「店とかどうするの?」MIYAが尋ねる。「チェリーとジョーって、同じ店でも大丈夫なの?」「あ、そっか」思えば、あの三人とあぁした店に行った覚えはない。仕事に使う店の紹介も、それ以外だ。「ちょっとジョーに聞いてみる」一番話しかけやすいのは、ジョーらしい。レキが仕事用の電話を取り出す気配を感じて、南城は少し離れた。偶然を装って、電話に出ながら顔を出す。「あっ、ジョー!」「ワォ」「タイミングいー」ジト目のMIYAの視線に苦笑しながら、南城は若手三人の相談に乗った。
 ハンバーガーを大きく齧る。
「俺とお前の送別会を、纏めてするんだとさ」
 南城の話に、桜屋敷は眉間を顰める。愛抱夢の社内にある食堂は、味がいい。値段もリーズナブルであり、社内からのアクセスが抜群だ。そこのカルボナーラを頼んだ桜屋敷は、一旦フォークを置く。珍しい桜屋敷の行動に、黄色い悲鳴が上がった。いつものことである。
「聞いた。さっきレキから連絡が入った」
 こうも冷たく突き返すことも、日常茶飯事である。エレベーターで桜屋敷が南城にキスをしたこと──あれ以来、一度も口にしていない。いや、話題にすることもなかったというべきか。フォークでパスタを巻き直し、桜屋敷はカルボナーラを口にする。少し物足りなさがある。彼の中では、ここのパスタは及第点であった。
「あの店を紹介しておいたぜ」
「イタリアンか」
 南城の返しに鋭く打ち返す。桜屋敷は店にうるさい。好物に関するイタリアンなら尚更だ。「まぁな」南城は打ち返す。慣れた味を作る人間が、こうした会に使える店を紹介したのだ。味やサービスの質に外れはないだろう。視線だけで「そうか」と返し、桜屋敷は咀嚼する。及第点の味を味わうと、またパスタをフォークに巻いた。ベーコンは、値段相応の味だ。
「出るんだろ?」
「誘われた以上はな」
 欠席ということはないらしい。ファンクラブの存在を考えると──最後の出勤日に花を送られるということはあるか。生花部門のシャドウが駆り出されることにもなるだろう。南城もまた、ハンバーガーをもう一口食べる。大きな一口なので、三口で食べ終えた。
「足りるのか?」
 桜屋敷が疑問を口にする。普段食べている量からすると、明らかに足りていない。幼い頃から見ている量を考慮に入れてもだ。
「外回りのときに食べるから問題ない」
「太るぞ」
「全部筋肉に行くんだよ」
「脳筋ゴリラめ」
 毒づく桜屋敷を無視する。南城は無糖のコーヒーを一気に飲んだ。庶民向けの食堂は、なにもかも値段通りの味だ。店のこだわりを考える。桜屋敷は、理想のAIを作るために必要なことを考えた。
 思ったよりやることが多い。忙殺の彼方に問題が消えそうだった。