7. デスクに残された伝言

 来月までの残り日数が半分を切った。退職後の用意や後任への引き継ぎや取引先との打ち合わせや定型文句のやり取りやらで、時間が早くに感じる。以前と比べて会社に遅く残ることが多いのも、仕方ない。午後一〇時、二二時に必ず帰るようなっていることが救いか。(残業代が出ないとな)金に対する労力が釣り合わない。愛抱夢が実力とそれに見合う労働時間を考慮して、給料の額を決めていることはわかる。ボーナスを出る。それでも割に合わないな、と感じることはあった。それも早期退職を考える原因に入っていただろう。いや、もっと前からかもしれない。「愛抱夢の会社が安定したら、俺たちは俺たちのやり方でやる」会社に縛られる生活が元から合わなかったかもしれない。それを考えたら、よく続けられた方だ。愛抱夢とともに働いた年数を、指で数える。長い。ならば、充分力を貸した。自分の人生を歩いても文句は出ないだろう。充分すぎるほどだ。そう自らを褒める。
 買い出しから戻ると、デスクに一枚のメモが置かれていた。南城の文字だ。相変わらず、字は綺麗でない。達筆の桜屋敷は、デスクに置かれた文字を読む。
『さっき△△商事から電話があったから出た。朝一で緊急の案件が来る。お前もさっさと帰れ。俺は帰る』
(あの会社か)
 苦虫を噛み潰す。一時的に繋ぎになればと思い仕事を引き受けたが、それが裏目に出た。いつか距離を空けないと、会社も巻き込まれてしまうだろう。(愛抱夢に助言しておくか)既に気付いているかもしれないが、念を押しておくに越したことはない。メモを裏返す。追伸はない。最後の『帰る』に逡巡した痕があるが、メモに残さなかったようだ。
(合鍵か)
 虎次郎のことだ、昔みたいに腹が空いたら適当なものを作ってくれるだろう。その算段に違いない。しかしながら、これから別々の──自分の人生を歩む番だ。今住んでいるところは、引き払う。その場所の合鍵を渡したって、無駄になる。今は渡すべきときではない。軽口を叩き合いながら帰り、疲れたらどちらかの部屋に泊まる。目が覚めれば食事が用意されていることもあった。そんな生活は、これから先は難しくなる。
(今はそのときではない)
 そう自分に言い聞かせる。コンビニで買った栄養補助食品の封を開ける。スナック菓子で、不足した栄養も同時に摂れる。眠気を吹き飛ばすものは、数口ならば問題ない。残るタイムリミットで、必要なものを仕上げる。(本来なら、三ヶ月といったところだな)無理なスケジュールに、そう思う。客観視したとして、時が止まるわけでもなかった。