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 午前六時。この時間を確認した途端、一気に疲れを感じた。起きた時間すら勿体ない。睡眠に充てればよかったと、桜屋敷は後悔する。睡魔に凭れる時間が削れる。憂鬱で髪を掻き上げた。さらさらと、長い髪が布団の上に散らばる。寝ている間に髪が解けたのだ。短い睡眠時間は堪忍袋の緒を弱くさせる。ムッとして、髪を掻き上げた自分の手を見た。『いつもより早い起床です。マスター』最先端の技術で作り上げた人工知能である愛機、カーラが事実を告げる。「あぁ。今日はいつもと違って、早く起きるとするよ」『スケジュールを確認及び調整しました。本日の十三時に三〇分ほど仮眠を取れます』「ハハッ。ありがとう、カーラ」それと、おはよう。カーラ。忘れず愛機に朝の挨拶をする。所有者であり創造主の言葉に『おはようございます。マスター』と律儀に人工知能は告げた。
 のろのろと寝間着を直し、朝の仕度をする。普段より一時間──五時間も早い起床だ。時間は充分にある。(一筆作品を仕上げるか)個人の作品としてなら、充分だ。朝から硯に向かう書道家など、充分絵になる。カーラに頼んで一枚撮ってもらうか、と桜屋敷は考えた。
 キッチンに入り、軽めの朝食を取る。手首のバングルが、人の言葉を話した。『現在のマスターの体調を考えたら、これが最適です』『昼食に不足分を取りましょう』最適なアドバイスを送る人工知能に「ありがとう、カーラ」と桜屋敷は礼をいった。柔らかく目を細める。適度に腹へ収め、最新のニュースや知識を詰め込んでから、書に向かう。自宅で書斎を作った利点が、最大限発揮された。
 硯で墨を磨り、水を垂らして明暗を調整する。墨の色は濃くするか、薄くするか。濃淡は自然の移ろいを表すか、わざと一定の濃さを維持したまま自然への抵抗を表すか。墨を作る時点で、既に作品を作ることが始まっているといえる。浮かんだものを取捨選択し、一つに絞る。時間が経つことを忘れて一作を仕上げると、桜屋敷はマジマジと眺めた。そこで一言いう。
「駄目だな」
 どうも気に入らない。不満な点はどこか、あとで見るとしよう。書道に使った道具を片付け、洗ったものを傷めないように干す。最低限のケアを施した肌に、もう一段階の保湿と美容を施した。客の前では身なりを良くしなければならない。例え狸のように腹の内を隠して顔を使い分けようとも、手を抜くわけにはいかないのだ。
 鏡の前で、桜屋敷はニセモノの顔を作った。