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 運命の出会いというものは、本当にあるものだと思っていた。あの美しい横顔を忘れたことは、一度もない。愛抱夢こと神道愛之介は、職務中にそんなことを考える。スノウこと馳河ランガを思い出しても、顔色一つ変えなかった。表情筋さえ、一ミリも動いていない。蒙昧した政治家たちが上辺だけ話す輪の中で、難しい顔をしたままだ。考え込む神道愛之介に、政治家たちは尋ねる。「神道くんはどう思うかね?」将来を期待される若手の政治家は、口から手を離す。それから、人当たりの良い笑顔で、彼らを喜ばせる策を授けた。
「愛之介様。午後からのスケジュールですが」
 運転する秘書こと菊池忠が、振り向くことなく口を開く。〝S〟の地であるクレイジーロックではキャップマンたちを総括し、トーナメントの場では主人へ刃向かうために『スネーク』と名乗った。ルームミラー越しに、忠犬は主人の様子を見る。足を組み、窓辺に顔を向けたままだ。つまらなさそうに外の様子を見ている。態度は「さっさと話せ」忠犬は主人の要望に答え、続きを話す。この間、僅かバイタルを維持する呼吸の一つ分。菊池忠は正確に、主人の要望に応えた。
 いつもと変わらないスケジュールだ。政治家の格好を崩す愛之介は、ふと過去の自分を思い出す。父親に見つかって、自分の板を焼かれる前のことだ。いつかは父親にバレたことである。過去をやり直したって無駄なことだ──しかしこの無駄な思索は、下らない移動時間を潰す暇潰しに持って来いだった。もし、父親にバレることがなかったらどうする? 答えは決まっている。あのまま桜屋敷や南城とともに、非行を続けていた。そのままバレることがなく、死んだ父の跡を継いで政治家になったらどうする? あの頃、アイツらと悪さをしたことが週刊誌の記者に知られたことだろう。程度に差はあれ、したことは変わらない。それらが表に出ないことに、理由はあるか? ある。菊池が一枚噛んでいるに違いない。桜屋敷や南城の非行諸共、自分が深夜のスケートをしていた事実を揉み消したのであろう。何故ならば、あの二人だけが自分のスケートへ付いていくことができたからだ。とはいえ、それが続くわけでもあるまい。遅かれ早かれ、あの二人とは縁を切っていた。ただの一般人に、政治家を強いられた身の上と過去を理解できるわけもない。遅かれ早かれ、違いを目にして別れを切り出していた。
(やはり、僕を満たしてくれるのは君しかいないね。ランガくん)
 自分のスマートフォンに保存した画像や動画を開いて、うっとりする。ストレス解消を行う主人を、忠犬はルームミラー越しに見た。横断歩道の信号が、赤に変わる。通行人が渡り切ったことを見てから、車を発進させた。