14:00
ゆっくりと記憶を手繰り寄せて、カプチーノを飲む。(薫、牛乳が苦手だったな)今回は自信作だが、振る舞うことはそうないだろう。クリーム状に泡立てた牛乳が、エスプレッソの濃さと苦味を中和する。チョコレートパウダーを散らすにしても、工夫が必要か。イタリアの地で飲んだカップッチーノを思い出す。そんな折に、来客の姿が見えた。開いた扉の角度に応じて、ベルが鳴る。ガラスに映った物影が示した通り、桜屋敷だ。ふぁと欠伸をしており、手にレジ袋を提げている。珍しく買い出しに出掛けたのか。このご時世とドケチの性分には珍しく、小銭で袋を買った。客のいないホールに入ると、自動的に扉が閉まる。くぁと欠伸を噛み殺し、桜屋敷はいつもの席に座った。カウンターの左側である。本来一席置く端に、花瓶が置かれている。色彩鮮やかな花弁で目を楽しませるが、香りは食事を邪魔させない程度に香る。カウンター内で寛ぐ南城に、桜屋敷は注文を伝えた。
「喉が渇いた。なにか飲むものを寄越せ」
「今は営業中だ」
「だったら休憩中を客の前で見せるな。ド阿呆」
「今は客がいないからいいんだよ。守銭奴眼鏡」
「低能ゴリラに忠告してやった俺が馬鹿だった」
「余計なお世話だ」
「はぁ、客扱いするなら水の一杯くらい出せ。非常識ゴリラ」
白い腕が上がると、着物の袖が肘へ擦り落ちる。左手首のバングルは、沈黙したままだ。カーラは話さない。カプチーノを飲む南城が、チラリと要求する桜屋敷を見る。
「水でいいのか」
「いいわけないだろ。脳筋ゴリラッ!! メニューは」
「本日のランチタイムは終了だ」
「だったら店の看板を〝CLOSED〟に直せ。事前に告知しろ。ボケナス」
「お前に対してのランチ提供は本日終了したっていってるんだよ。腐れ眼鏡」
「あ?」
「軽いものでいいか?」
「あぁ、腹に溜まる感じで頼む」
顔を険しくする桜屋敷の前で、空になったカップを洗い始める。コーヒーカップだ。見栄えを確認するために、ソーサラーも付いている。南城がカウンターから離れる素振りを見せると、続けて桜屋敷が注文を足す。なるほど、少ない手順でガッツリ食べれるものがほしいと。「パスタで頼む」間髪置かず、桜屋敷が条件を足す。後出しジャンケンとなるが、逆に有利だ。条件を絞り込める。返事もせず、南城は厨房へ向かった。
阿吽の呼吸に近い。だが犬猿の仲で腐れ縁も付属する身だと、不名誉以外に他ならない。数十分もかからないうちに、南城が厨房から戻ってきた。手に、出来立てのパスタとカトラリーボックスを持っている。グラスの水を飲んだ桜屋敷が、スッと視線を上げた。食事は一旦、カウンター席とキッチンを隔てる壁の天板に置かれる。それからカウンターの中にシェフは入り、ランチョンマットを取り出す。テーブルが汚れない工夫だ。桜屋敷の席へ綺麗に敷くと、ようやく料理を置いた。
「へい、おまちどう」
「貴様はラーメン屋の店主か」
悪ノリする南城に、呆れたように突っ込む。ガーリックが食欲をそそる。南城のことだ。恐らく、口臭が残らないよう材料に配慮しているかもしれない。生唾を飲み込んだ桜屋敷は、フォークを手にして完食へ向かった。クルクルと刃先にパスタを巻き付け、口に運ぶ。予想通り、ガーリックの強さは口臭に残らない。加えて、純粋に味がいい。美味である。「まぁまぁだな」口直しに水を飲むことなく、パスタをまた一つ、フォークに巻き付けた。
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